1993年上期のU-MP218M(や85、あ121、い21)です。この代から三菱自工製のエアロスターMと同じボディが架装されるようになりました。ボディ製造メーカーは引き続き新呉羽製になります。M型そのものは三菱自工ボディ製が1984年から製造されていますが、神奈中では初登場となったスタイルです。 |
「や85」です。間02系統で鶴間駅から1中山駅に到着した直後の様子で方向幕動作シーンです。 小03 小田急相模原駅〜麻溝台 市02 市ヶ尾駅〜長津田駅 町80 町田バスセンター〜大和駅西口 町86 町田バスセンター〜瀬谷駅 の4コマになります。本拠地の大和市内から、横浜市内、座間、海老名、相模原、町田市内にまで足を伸ばす大和営ならではの表示です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1993年上期のU-MP218M改(ひ85→ひ085)です。10台が投入された前ドアに昇降式ステップを搭載した「新ステップ車」で改造扱いの型式になります。 |
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1993年上期のU-MP218M(よ31)です。港南台駅での記録で、上32系統の上大岡駅行運用前の様子です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1993年上期のU-MP218M(さ235)です。2000年11月に町田から転入した車です(元ま78)。多摩営業所開設までの準備期間に当たり、相模原の車は一時的に増車されていました。方向幕は町田営業所のものが使用され多摩センターなどの運用に限定されていました。撮影 Ta様 |
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1993年上期のU-MP218M(た59)です。峡の原や町田からの転入車が殆どの多摩営業所の中では唯一伊勢原からやって来た車です。撮影は多摩営業所開設日です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1993年上期のU-MP218M(ま154)です。2003年3月に多摩から転入した1台です(元や37→い40→た59)。撮影 綾瀬師匠様 |
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1993年上期のU-MP218M改(や33)です。新ステップ試作車の1台です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1993年上期のU-MP218M(お125)です。中山駅で並ぶエアロスターM同士で右は同型で1994年上期の「お125」です。横51・横52系統は2001年12月16日に横浜営業所から移管されました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1993年上期のU-MP218M(ま0152)です。この新呉羽製のM型ボディも2005年度に一気に廃車が進みました。撮影 運転手K様 |
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1993年上期のU-MP218M(い23)です。写真のようにLED化改造されずに廃車となった幕式車のグループも幾つか見られましたが、写真の車は側面部分のガラス部がLED化に備えて枠が交換されていました。 |
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1993年上期のU-MP218M(ふ091)です。エアロスターMと呼ばれるこのボディの神奈中車は1993年3月に入ったのが最初で、相模ナンバーでは写真の車がトップに登録されました。車体メーカーはこの代のみが新呉羽製となっています。全体で50台が投入された代です。撮影 Yu131様 |
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「い36」号車です。1999年5月に藤沢から転入しました(元ふ93)。黒地の運賃表示幕は藤沢時代に交換されました。撮影 Yu131様 |
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「よ89」です。1998年3月に中型エアロミディMK218とのトレードで秦野からやって来た1台です(元は84)。撮影 Yu131様 |
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1993年上期のU-MP218M(さ0175・さ0176)で、アイワールドの全面広告車です。神奈交へ管理委託され峡の原車庫に所属します。撮影 TN様 |
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「さ150」で、アイワールドの全面広告車として活躍していた頃の様子です。後の改番で「さ0177」になりました。 |
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新ステップ試作車のU-MP218M改(よ8)です。2006年8月の廃車後は兵庫県内の自動車教習所へと移籍し、現存しているものの稼動はしていない状態です。撮影 Yu131様 |
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新ステップ試作車の「ひ85」が、相模川に掛かる神川橋を渡る手前のシーンです。平59系統は廃止されており正月の臨時便も平塚駅からは運行されていません。撮影 Yu131様 |
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「ひ085」のリア、車内および運転席です。 |
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新ステップ試作車の「あ31」で、2001年7月に綾瀬から転入しました(元せ114)。厚31系統の六堂辻線は廃止された路線です。撮影 Yu131様 |
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こちらも新ステップ試作車の「あ060」です。新ステップ仕様のM型ボディは改造扱いだったため1996年下期まで全て型式に「改」が付いていました。また、M型の新ステップ試作車は10台が在籍しました。 |
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横浜駅西口で発車待ちの「よ136」です。62系統の千丸台団地線は横浜営業所の笹下車庫の担当でした。撮影 菅井隆行様 |
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「さ237」です。多摩営業所開設に向けての準備に伴い2000年11月に町田から転入した車です(元ま118)。転入直後のためまだ多摩ナンバーのままです。237という過去でも最も大きな社番数字だったので懐かしいですが、今後この237という数字を追い抜くような事も無さそうでしょうか。後の「た58」号車です。撮影 菅井隆行様 |
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「さ237」です。神奈中史上、乗合社番で最高数字の社番を誇っていた車ですが、多摩営業所が2001年7月に新設された際に多摩所属となり、この最も大きい社番数字も消滅しています。僅か8ヶ月程の出来事でした。撮影 綾瀬師匠様 |
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左は「ま96」で町田〜橋本駅線運用時の様子。右はその車が2000年11月に相模原へ転属した直後の様子で「さ236」です。相模原時代も町田営業所の方向幕を搭載したまま多摩営業所が新設されるまでの約8ヶ月間、多摩地区の路線で活躍しました。後の「た57」号車です。撮影 菅井隆行様 |
![]() ![]() | 1993年下期のU-MP218M(ち55、ち77)です。エアロスターMで、この代から車体メーカーが新呉羽に代わりMBM(三菱自動車バス製造)製となりました。 |
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1993年下期のU-MP218M(や52)です。海老名駅東口で待機中の様子で、海06系統のロックラー前経由座間四ッ谷線です。大和担当でも相武台下駅や座間四ッ谷が最西の路線になりますが、最東は横浜駅西口ですので大和の運用範囲の広さが伺えます。撮影 綾瀬師匠様 |
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「や52」です。この代の大和は「や5・や52・や059」の3台が在籍しました。撮影 平社員様 |
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1993年下期のU-MP218M(ひ89)です。平塚ではこの1台が残り、GPSを装備していました。 |
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1993年下期のU-MP218M(ち77)で2005年の撮影です。いすゞ車の配置が多い茅ヶ崎ではMBM製ボディを架装したエアロスターMは2台のみの在籍でした。過去には新呉羽製のM型もいましたが、いずれも転出しています。 |
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1993年下期のU-MP218M(あ99)です。このグループから車体メーカーがMBM(三菱自動車バス製造)へと代わりました。 |
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北里大学〜北里大学病院間を行く「さ173」で、後の「た52→せ123」号車です。撮影 菅井隆行様 |
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「ち55」で、平塚七夕まつり臨時の平塚駅〜浜見平団地線運用時の様子です。茅ヶ崎のエアロスターMは大変少なく、写真の車と「ち77」のみの在籍でした。撮影 Yu131様 |
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「ひ89」です。この代のエアロスターMは1993年9月に全体で20台の投入と少なめの在籍数でした。撮影 Yu131様 |
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「や059」です。湘南神奈交バス時代に管理委託され、藤沢神奈交へ移管後も廃車まで委託されていましたが、鶴間の大型委託車は数少ない存在です。 |
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1993年下期のU-MP218M(あ99)です。 MBMボディのエアロスターMでこの代の厚木は「あ97・あ98・あ99・あ101」の4台が配属されました。 1995年に松蓮寺で記録された1枚で長尺エアロスターKとの並びも懐かしいですが、裏には初代の愛川町循環バス用として使用されていたレインボーRB「あ12」も見え、まだ専用カラーへ塗り替えられる前の姿です。撮影 花屋敷様 |
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1994年上期のU-MP218M改(ま054)です。2001年7月の多摩営業所開設時に相模原から転入した車です(元さ29)。撮影 綾瀬師匠様 |
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1994年上期のU-MP218M改(ま054)です。元大和(や6)のエアロスターMで、町田へ転属前の2002年10月にLED化されました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1994年上期のU-MP218M改(や1)です。2002年からフォグランプを点灯させるバスがかなり増えてきました。日中は点灯しなくても夕方から早めに点灯するケースも多いです。この車は2005年4月に中山操車所に配置されました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1994年上期のU-MP218M改(お06)です。こちらは横浜神奈交バスに管理委託されているエアロスターM型です。舞岡の委託車も60台を越える勢いとなりました。 |
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こちらは「お046」です。2001年7月に横浜神奈交バスへ管理委託されています。東戸塚駅にて203系統運用時の姿です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1994年上期のU-MP218M改(お65)です。2001年7月に横浜から転入した1台です(元よ67)。同年9月の撮影で横61系統 横浜駅東口〜笹下町線運用時の様子で、横浜営業所との共管路線です。撮影 Fujishima様 |
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1994年上期のU-MP218M改(お65)です。この代の綾瀬は5台が配属されていました。長12系統の「いすゞ」行表示ですが、三菱ふそうバスによるいすゞ表示が何とも不思議です!? 撮影 綾瀬師匠様 |
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こちらは「や22・や23」です。1994年式で鶴間車庫にて転出待ちの状態です。相模原へと転出しました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1994年上期のU-MP218M改(あ129→あ0129→現T-7)です。LED表示へ改造された新ステップ車ですが、かなちゅうロゴの表示は2月の改正から表示されなくなったようです・・・。 |
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1994年上期のU-MP218M改(つ31)です。2004年8月から津久井もLED表示化改造が始まりました。9月下旬に実施予定のダイヤ改正に備えての動きでしょうか。撮影 あるてっちゃん様 |
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1994年上期のU-MP218M改(よ39)です。1998年上期に秦野営業所から転入したエアロスターMです(元は19)。撮影 綾瀬師匠様 |
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「よ39」です。2005年9月にLED化改造が実施されました。撮影 桃太郎301様 |
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1994年上期のU-MP218M改(や1)です。2005年4月に鶴間から中山へと移動してきた1台で、相模22か4766→横浜200か1724へと変更登録されています。撮影 や72様 |
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1994年上期のU-MP218M改(ま051)です。新ステップを装備するこの代も2005年度末から廃車が発生しています。撮影 運転手K様 |
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1994年上期のU-MP218M改(た48)です。この当時で多摩には3台のみが残っていたM型ボディで元相模原車です。 1枚目は淵23系統の淵野辺駅北口行で野津田車庫出発時の様子。2枚目は永65系統の永山駅→多摩センター駅行で豊ヶ丘四丁目出発時の姿です。撮影 運転手K様 |
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1994年上期のU-MP218M改(た47)です。こちらも多摩営業所開設時に相模原から転入したエアロスターMです(元さ84)。豊ヶ丘四丁目での記録になります。撮影 運転手K様 |
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1994年上期のU-MP218M改(や1)です。この当時で中山操車所に在籍する中では最古参車で、唯一のエアロスターMです。撮影 平社員様 |
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1994年上期のU-MP218M改(は94)です。元町田車で、LED化は2006年5月に実施されました。撮影 武井和紀様 |
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1994年上期のU-MP218M改(せ116)です。ドア横幕が「ワンマン 出入口」と表示されている旧仕様の幕です。 |
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1994年上期のU-MP218M改(は012)です。2006年8月に湘南神奈交バスへ管理委託された車で、秦野では意外にも低床車以外のエアロスター委託車はこの車が初めてとなりました。撮影 運天使様 |
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1994年上期のU-MP218M改(い12)です。2007年2月に引退となった車で、写真は平日朝に見られる伊15系統の市光工業行運用時の姿です。撮影 Yu131様 |
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1994年上期のU-MP218M改(い12・あ131)です。この代から新ステップが本格採用されました。 |
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「せ117」です。この代は全体で59台とエアロスターMでは最も在籍数が多いグループでした。 |
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「つ31」で、1999年11月に町田から転入した車です(元ま168)。撮影 あるてっちゃん様 |
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「は12」の秦54系統は2003年に廃止された高砂車庫発の路線でした。 「は33」は富士山をバックに金目川沿いを走るシーンです。撮影 Yu131様 |
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「あ88」です。夜行高速車(P-MS729S)のタイヤを履いていた時期があり異彩を放っていました。撮影 Yu131様 |
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1994年上期のU-MP218M改(と15)です。 試作を経た昇降式の「新ステップ」が本格採用となったグループで、上期の戸塚は7台が導入されました。 写真は1998年の長後駅東口での記録で戸62系統の戸塚バスセンター〜長後駅東口線運用時の姿になります。 土地区画整理事業が進んだ現在の東口とはだいぶ雰囲気も異なり大型バスの転換もしづらい状況でしたが懐かしい光景です。撮影 菅井隆行様 |
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1994年下期のU-MP218M改(と131→YK1105、い85)です。側面窓枠の支持方式が変わったのか黒いフチがなくなったのが分かります。屋根上にあるラインクロスファン(四角い箱)の位置も変わりました。U-MP系ではこの代が最後の増備となりました。 |
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1994年下期のU-MP218M改(よ68)です。99年に横浜駅西口で撮影された1枚で横52系統の中山駅行到着シーンです。撮影 綾瀬師匠様 |
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1994年下期のU-MP218M改(お124)です。横浜駅西口にて、戸塚駅から到着した横46系統の姿です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1994年下期のU-MP218M改(あ76)です。本厚木駅前で待機中の様子で、厚98 二大縄経由の海老名駅行です。この路線は片道の海老名駅行のみが設定されています。撮影 綾瀬師匠様 |
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1994年下期のU-MP218M改(や77→さ0186)です。神奈中では最終代のU-MP系ですが大和車は2台とも相模原へ転属しLED化されました。撮影 平社員様 |
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1994年下期のU-MP218M改(あ076)です。相模神奈交バスへ管理委託されているエアロスターで、撮影時はちょうど教習中でした。 |
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1994年下期のU-MP218M改(さ0169)です。2004年6月に多摩から転属してきた車ですが、元々は新製時から2001年までの間も相模原に在籍していました。運賃幕交換車です。 |
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1994年下期のU-MP218M改(ま13)です。この代は2007年5月から本格廃車が進み、同年8月で全廃となりました。撮影 運転手K様 |
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1994年下期のU-MP218M改(ふ066)です。藤沢は4台が在籍する代で、この年の3月までにはLED化が完了しています。 |
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1994年下期のU-MP218M改(あ094)です。この時点では神奈中車は現役でしたが、横浜神奈交車では既に廃車が発生していました。撮影 平社員様 |
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1994年下期のU-MP218M改(よ78)です。1996年にTBS系のテレビドラマ「若葉のころ」に出演したバスです(KinKi Kids主演)。 写真は待機中で緊張気味!?のエアロスターMPです。出演に際し前後・側面ともドラマ専用の表示幕が用意され「嘉野中」バスとして活躍しました。テレビに映る時間はほんの僅かであっても、ここまで凝っているとは凄いです。撮影 酔っ払い様 |
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1994年下期のU-MP218M改(ま057)です。運用離脱となった2007年5月から廃車までの約10日ほどは貸切専用に変わり、LED機器を撤去した上で幕式の「神奈川中央交通」表示部のみが切り取り貼付けられていました。2002年までは幕式だっただけに違和感はないです。 |
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1994年下期のU-MP218M改(元ふ051・ふ044)です。2007年8月に廃車となった車ですが、舞岡へ移され構内専用の教習車として残されています。今後も長期に渡り見られるか気になるところです。撮影 快特 弘明寺様 |
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1994年下期のU-MP218M改(よ80)で、納車から1年経った頃の撮影です。横浜には7台が投入された代です。写真の車は2001年12月に舞岡へ移りました。撮影 花屋敷様 |
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1994年下期のU-MP218M改(よ21)です。この代がMP218系列最後のグループとなりました。撮影 Yu131様 |
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美しくイルミネーションされた港南台駅で待機している「よ120」です。フォグランプの輝きもいいです。撮影 Yu131様 |
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「と102」です。この代は上期に続く数の58台が9月に投入されました。撮影 Yu131様 |
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「ふ066」です。晩年はDPFが装着されていましたが、これがかなり独特の音を放っていたのが印象的でした。撮影 表会長様 |
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「い85」です。M型のリアウィンドーは中央にピラーが入っていたため、ワイドビューレンズは写真のようにニ分割して中央に貼られる車もあれば、ピラーを避けて貼られる車も見られました。 |
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「あ89」です。厚木のこの代は後年に全車が相模神奈交バスへ管理委託されました。写真は神奈中本体時代の撮影です。 |
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「さ82」です。麻溝車庫が開設される以前の写真で峡の原車庫時代のものです。後の「た40→せ121」です。 |
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「ま13」です。廃車までに殆どの車が青緑系の座席シートへ交換されていました。撮影 表会長様 |
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「せ94」です。2004年2月に多摩から転入した車で、新製当初は相模原に在籍していました(元さ75)。 |
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小田急線運休の際に見られた代行バス輸送の様子で「あ129、や33」です。やはり専用のLED表示を出したほうが行列の人々にも判断しやすいようです。 |
1994年9月投入のU-MP218M改(ま016)です。 U-代のエアロスターMとしては最終増備のグループです。下期の町田は10台が導入されました。 写真の車は「ま16」号車として登録され2006年3月に当時の相模神奈交バスへ管理委託され「ま016」となり、2007年8月まで在籍しました。撮影 tm様 |
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KC-MP617M改(ま5)で、町田に1台のみが在籍したエアサスのリフトバスです。これも稀少な1台でした。撮影 Yu131様 |
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1996年上期のKC-MP237M改(よ10)です。相模原と同時に投入された低公害車MBECSの2世代目です。撮影 Yu131様 |
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1996年上期のKC-MP237M改(さ38→さ0173)で蓄圧式ハイブリッドバスMBECS-II(エムベックス)です。相模原と横浜に各1台が在籍した低公害車で、外観はMP217と同じですが低公害車を表すステッカーが貼られていますので見分けがつきます。油圧ポンプの回転音がし走行中はエンジン音と共に「ウーン」という独特のサウンドがしました。 |
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1996年上期のKC-MP237M改(さ0173)です。ハイブリッドバスのMBECS-IIで、「よ10」と共に投入され2台のみが在籍した型式です。新製当初の社番は「さ38」でした。 |
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KC-MP237M改(よ10)で、蓄圧式ハイブリッドバスのMBECS-IIです。横浜と相模原に各1台ずつが在籍した稀少型式です。撮影 Yu131様 |
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1996年上期のKC-MP217M改(ま27)です。この代の町田は4台の同型と、リフトバス「ま5」MP617が導入されました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1996年上期のKC-MP217M改(お095)です。2003年3月に横浜神奈交バスへ管理委託された車です。東戸塚駅での記録で東08 横浜パークタウン線運用時です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1996年上期のKC-MP217M改(と111・と167)です。下期の戸塚車は5台が投入されました。2枚目は戸58 立場ターミナル線運用時の姿です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1996年上期のKC-MP217M改(つ06)です。津久井のMP217は僅か1台のみの存在で、2005年1月に町田から転入した車です(元ま28→ま028)。三ヶ木に在籍しましたが津久井の在籍期間は短く、2007年10月には再転出しています。 写真はその転出直前の姿でLED等ワンマン機器が撤去された状態で三ヶ木に置かれていたときの姿になります。撮影 綾瀬師匠様 |
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1996年上期のKC-MP217M改(教4)です。伊勢原の教習車は社番変更や再LED化、音声合成装置の取付など細かい仕様変更が見られ、最終的には2007年12月に白ナンバーとなりました。右はその教習車であるMP217の並びです。撮影 Yu131様 |
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1996年上期のKC-MP217M改(旧・教4)です。伊勢原で教習車として使用されていた車ですが2008年4月に廃車となりました。その後、舞岡へ移り構内専用の教習車となり、社番は「教」の文字が残されています。LEDやワンマン機器は撤去されていますが、社紋や社名も残されています。撮影 快特 弘明寺様 |
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1996年上期のKC-MP217M改(い34)です。この代は17台のみの少ない在籍数でした。写真の車は元町田車です。 |
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1996年上期のKC-MP217M改(せ1)です。元々数の少なかったMP217ですが、綾瀬は写真の車と、せ102の2台のみが在籍し、いずれも2006年に他所からの転属で、綾瀬では2年半ほどの活躍でした。撮影 KHK1529様 |
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1996年上期のKC-MP217M改(せ102)です。2006年9月に伊勢原から転入した車です。新製当初は町田に在籍していました(元ま27→は77→い60)。撮影 綾瀬師匠様 |
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1996年上期のKC-MP217M改(と111)です。1995年はエアロスターが投入されておらず、1994年下期以来、1年半振りの投入となりました。撮影 Yu131様 |
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雪が吹雪く中、東01系統にて走る「お095」です。撮影 快速弘明寺様 |
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「あ0109」です。この代のMP217は全体で17台しか入らなかったため、MP217が最後まで在籍しない営業所が見られました。 |
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伊勢原の教習車「教4」です。2007年10月に津久井から転入して間もない頃の姿で、行先表示部は紙で対応し社番は津久井のままでした。後にLED化、白ナンバー化されワンマン機器も設置されました。 |
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1996年下期のKC-MP217M改(あ51)です。2002年末からLED化された厚木車です。この年式は2002年中にシートモケットが新車同様の物へ交換されている営業所が多かったです。 |
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1996年下期のKC-MP217M改(ま27)です。上期に続き、下期の町田は9月に5台が配属された型式です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1996年下期のKC-MP217M改(は78)です。2004年2月に町田営業所から転入した1台です(元ま32)。この月に同型3台が転入し、秦野でのMP217は初お目見えとなったのですが、3台共にいずれも2005年12月までに再び転出してしまい型式消滅しています。撮影 Fujishima様 |
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1996年下期のKC-MP217M改(お0176)です。2001年12月に横浜営業所から転入した1台です(元よ82)。懐かしい緑の「ワンマン灯」が設置されています。撮影 綾瀬師匠様 |
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1996年下期のKC-MP217M改(お082)です。40台程の在籍となっていた型式ですが、舞岡には11台が配属されており全車が横浜神奈交へ管理委託されました。また、横浜神奈交にも2台在籍しました(YK1108、YK1109)。撮影 Yu131様 |
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1996年下期のKC-MP217M改(あ201)です。新人運転士さんの教習用として平塚車と共に舞岡に貸出されていた時の様子です。撮影 横浜平島様 |
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1996年下期のKC-MP217M改(あ64)です。こちらは伊勢原の工業団地内を走る教習シーンで、伊勢原車庫周辺での教習も比較的多く見ることができ、津久井や藤沢車の姿も見られました。 |
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1996年下期のKC-MP217M改(元と34)です。教習車として使用されているエアロスターMですが、最近になってLED表示機が設置され音声合成装置が取り付けられた車も見られます。 |
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1996年下期のKC-MP217M改(い7)は25台が在籍し、上期車と特に差異はないようです。この型式自体が数少ないので、配属されなかった営業所も幾つかみられました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1996年下期のKC-MP217M改(い98)です。伊勢原には2台が残ったエアロスターMで、写真の車は2004年2月に町田から移ってきた車です。古参ながら大変美しい車体を維持しています。撮影 快速準急様 |
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1996年下期のKC-MP217M改(ま056)です。町田は5台が配属されていましたが、写真の車以外は全て転出しており、町田に残った唯一のMP217でした。撮影 町田なるせ様 |
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1996年下期のKC-MP217M改(よ4)です。写真の車は後に舞岡へ転属しています。撮影 Yu131様 |
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「お082」です。この代のMP217も全体で25台と少なめの投入となりました。 |
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「い98」です。2004年2月に町田から転入した車です(元ま133)。この車の艶は半端ではなかったです。撮影 Yu131様 |
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左は伊勢原の教習車「教3」です。2007年10月の戸塚から転入しました(元と34)。白ナンバーも現在は運転訓練車のみのため貴重でした。 並びの写真は左の「い35」がU-MP218M改、「い34」がKC-MP217M改です。 |
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「あ058」です。かなちゅうロゴのLED表示も懐かしくなってしまいました。 |
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1996年下期のKC-MP217M改(よ17)で、横浜営業所には2台が在籍したエアロスターMです。撮影 s-y-b-s 鈴木様 |
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1996年下期のKC-MP217M改(い7)で、写真は貸切使用時の様子です。撮影 渋木様 |
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こちらも「い7」で、宗教団体の送迎に使用されるときの様子で専用のLED表示も用意されています。撮影 太セン様 |
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1996年下期のKC-MP217M改(あ064)です。厚木のこの代は最多の8台が在籍していました。 |
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1996年下期のKC-MP217M改(ま056)で、MP35ノンステップ新車の投入に伴い、運用を離脱しました。撮影 表会長様 |
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1996年下期のKC-MP217M改(お82)です。 1999年8月に撮影された写真で、現在は戸塚営業所が担当している戸17系統 戸塚駅東口〜湘南泉病院〜三ツ境駅線運用時の様子です。この1ヵ月後に舞岡から運用が移管されました。 写真の車は2005年2月に横浜神奈交バスへ管理委託され(お082)、2009年4月まで在籍しました。撮影 菅井隆行様 |
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1996年下期のKC-MP217M改(教3)です。 晩年は伊勢原営業所の教習車として過ごしたエアロスターMです。2007年10月に戸塚から転入したのですが(元と34)、写真は転入直後の姿で、社番シールはまだ無く、行先表示も紙が貼り付けらたのみの教習車最初期の姿になります。その後、LEDを装着し白ナンバー化され2009年7月まで在籍。 今夏でMP217が全廃からちょうど10年が経過しました。 |
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1996年下期のKC-MP217M改(お082)です。 戸塚駅近くの矢部町バス停付近をゆく舞岡のエアロスターMです。2005年の記録で、当時の横浜神奈交バスへ管理委託されて間もない頃のものです。 まだビル群も建設される前ですのでバスセンター側の戸塚郵便局等の建物が見え、後方に見えるエアロスターKは翌年に引退した1992年上期の「お0162」です。撮影 キムりん様 |
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1996年9月投入のKC-MP217M改(よ34)です。 神奈中では1996年式のみが在籍するMP217で、横浜営業所も6台のみの在籍でその後の他所への転出もあり最終的には2台のみとなりました。エアロスターMでも最終増備となったグループです。 写真は大船駅を出発する船18系統の本郷台駅行です。同系統は2003年9月1日改正で廃止になっています。撮影 Yu131様 |