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1984年下期のP-MP218M(ふ141)です。この代からモデルチェンジされた呉羽のスケルトンボディを架装しエアロスターKと呼ばれました。写真は長尺のP尺と並行して投入されていたM尺車です。エアロスターKボディそのものは1992年上期まで渡り導入されました。撮影 遠藤様 |
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1984年下期のP-MP218M(は33)です。この代は冷却風取り入れ口付近の形状に違いがあったようです。MとP尺が在籍しました。撮影 相州屋様 |
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1984年下期のP-MP218M(ひ77)で、今はなき広島線の垂れ幕や後方にいる箱根登山バスのBU10など懐かしい光景です。撮影 相州屋様 |
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1984年下期のP-MP218P(さ147)です。1986年3月に戸塚から転入した最長尺のP尺車です。相模大野駅で発車待ちの姿で、1999年に廃止された相06系統 相模原駅~古淵駅経由~相模大野駅線です。 廃車後はJR北海道バスへ移籍しました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1985年上期のP-MP218P(あ125)です。こちらは長尺バージョンです。MPで最も長いホイールベースを持つP尺(6m)は1984年上期から1985年下期まで導入されていました。後発のN尺との区別が難しく、非常口ドア右にある窓ガラスの横幅が若干長い程度でしょうか。撮影 it様 |
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1985年上期のP-MP218P(あ81)です。1986年に相武台地区の「団地北」にて撮影された写真です。冷房車を表すペンギンマークが懐かしいですし、写真の「海02」海老名からの系統も過去路線です。普段はこのバス停を通らない系統ですが、団地西~団地東の陸橋工事による迂回時の様子です。撮影 まにまにカレチ様 |
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1985年上期のP-MP218P(あ100)です。エアロスターで最も長い車体を誇るP尺(全長11.34m=WB6m)は当時、数多く見られました。 |
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1985年上期のP-MP218M(は35)です。 1992年に国府津駅前で記録された写真になります。起点・終点の両方を表示する白地の行先表示幕はこの代までの仕様でした。撮影 相州屋様 |
1985年3月投入のP-MP218M(あ166)です。 神奈中のエアロスターKは1984年9月から導入が開始されましたが、写真の1985年上期車は起点・終点が一括表示された白地の方向幕仕様では最終増備のグループです。 上期の厚木営業所は最長尺だったホイールベース6mのP尺仕様が12台入りましたが、写真の5.3mであるM尺仕様も5台やMK116が並行し導入、日産ディーゼルのP-U32Nも7台が入りました。 フロントのワンマン灯や、ドア横のワンマン出入口表示も懐かしいです。 1995年8月までには全廃となり「あ166」はU-MK218J改へと置き換えられ、1996年には箱根登山鉄道へと移籍しました。 【愛19】愛甲石田駅~森の里青山線は2003年に伊勢原へと移管されました。 |
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1985年下期のP-MP218M(あ198)です。撮影場所は改良工事が行われる前の愛川町半原折り返し場です。この年式が方向幕が大きくなった一番最初の代で最後の板張りの代でした。1995年下期に廃車になっています。 右は相模原のP-MP218Mです。撮影 it様 |
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1985年下期のP-MP218P(と104)です。1984年下期からにかけて入ったホイールベース6mの最長尺仕様です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1985年下期のP-MP218P(お35)です。横46 横浜駅西口~保土ヶ谷~戸塚駅線運用時の姿です。現在は平日の朝早くに1本が残るのみの路線です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1986年上期のP-MP218P改(あ61)です。このバスは小田急沿線で見られる厚誠会歯科グループの全面広告車で、この車のみに施されたカラーです。車種はホイールベースが5.8mのP改です。 1997年2月上旬にこの塗装になり、もちろん元々は旧塗装車でした。リアビューでは車体側面の中央付近にあるルーバーが厚誠会歯科塗装の文字で上半分が埋められています。1998年上期に廃車となりました。 |
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1986年上期のP-MP218P改(お19)です。横43 横浜駅西口~戸塚駅線運用時の姿です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1986年上期のP-MP218P改(あ106)です。こちらは建設業の大岩産業の全面広告車で、この車のみに施されたカラーです。1997年3月中旬に塗り替えられました。1998年上期に廃車となりました。 |
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1986年上期のP-MP218P改(お89)はホイールベース5.8mの改造扱い車で、舞岡にも20台近くが在籍しました。撮影 Fujishima様 |
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1986年上期のP-MP218P改(あ208)です。この波線も消滅してから年月も経ちましたし大変懐かしいです。 |
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1986年上期のP-MP218P改(あ63)です。ホイールベース5.8m仕様の通称「P改」で、厚木は5.3mのM尺車と並行して投入された代です。 |
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1986年上期のP-MP218P改(よ104)です。 1995年に本郷車庫にて記録された写真で、当時の横浜営業所も長尺車が多数在籍、このホイールベース5.8mをもつP改は横浜だけでも20台近くが導入された代です。 左は同年下期に入ったP-MP218N「よ124」です。撮影 花屋敷様 |
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1986年3月投入のP-MP218P改(お139)です。 全長11.14m、ホイールベース5.8mのN尺仕様で製造されたP改は、上期に全体で106台が導入された型式です。 舞岡は3月に19台が入りました。東03系統の平戸団地線運用時の様子です。撮影 藤島雅哉様 |
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1986年3月投入のP-MP218P改(お87)です。 呉羽ボディを架装した旧塗装のエアロスターKで、呉羽/新呉羽ボディのエアロスターKは1984年~1992年まで導入されました。 写真は戸塚駅東口で戸09系統にて発車待ちの様子になります。撮影 藤島雅哉様 |
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1986年3月投入のP-MP218P改(お127)です。 1996年に記録された1枚で【井11】系統で待機中の様子です。この頃になると旧塗装の淘汰は進み、1986年上期車も97年までには多くが置き換えられました。撮影 藤島雅哉様 |
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1986年3月投入のP-MP218M(い90)です。 旧塗装のエアロスターKは神奈中でも大量に在籍したグループでしたが、伊勢原の旧塗装車は日野がメインだったためエアロスターKの旧塗装車は5台のみの存在でした。 いずれも1988年に厚木から転入したM尺仕様でした。写真の車は元あ137。撮影 相州屋様 |
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1986年3月投入のP-MP218M(い92)です。 平塚駅北口で待機する旧々塗装のエアロスターKで、1988年に厚木から転入した車です(元あ139)。 転入当時の伊勢原は日野が多数を占めていたため、この旧塗装エアロスターKは少数派でした。撮影 相州屋様 |
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1986年下期のP-MP218N(あ39)です。この代からホイールベース5.8mのN尺が型式認定を受けたため、型式もNでの導入となりました。旧塗装でのP-MP218Nは1986年下期のみに導入され1999年1月まで活躍していた代です。 |
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1986年下期のP-MP218N(せ39)です。旧塗装では珍しい黒塗りドア車です。普通はボディと同じ色のドアが使われていますので1987年式以降の物と交換したのでしょうか。 |
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1986年下期のP-MP218N(お140)です。戸19 三ツ境駅線運用時の姿で、現在は戸塚営業所へと移管されている路線です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1986年下期のP-MP218N(あ62)です。海09 海老名駅西口→桜台経由の愛川町役場行運用時の様子です。撮影 綾瀬師匠様 |
1986年下期のP-MP218N(よ124・よ77・よ109)です。この代の横浜車は11台が在籍しいずれも長尺車でした。 写真は本郷車庫や大船駅での様子で、3枚目は1987年上期の「よ63」との並びです。撮影 綾瀬師匠様 |
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1986年下期のP-MP218M(さ152)です。1986年式は多くが長尺のバスでの導入だったため、M尺は数少ない存在でした。撮影 it様 |
1999年6月をもって引退した波線塗装のバスです。ペンギンの冷房車マークの姿や、休日1往復の登戸線表示などもイベント時のご厚意で撮影する事が出来ました。このようにファンの為に開催して頂き感謝感謝です。写真は、1986年下期のP-MP218M(さ154)です。 |
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1986年下期のP-MP218M(さ154)です。神奈中最後の旧塗装車となったエアロスターKで、1999年6月に引退となりました。写真は同月に行われた部品即売会時に展示されていた時の様子です。 |
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1986年下期のP-MP218N(あ6)です。こちらも1999年1月には全廃となった長尺の旧塗装車です。 |
1986年下期のP-MP218N(あ6)です。 旧塗装では最終増備となったグループで厚木は長尺仕様が12台在籍しました。写真の車は1989年3月に戸塚から転入した1台で(元と24)、「と110→あ14」と共に2台がやって来ました。 本厚木駅前で待機する姿で、美しい波線の塗り分けやワンマン灯も懐かしいです。撮影 it様 |
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1986年9月投入のP-MP218N(よ108)です。 旧塗装では最終グループとなった代で横浜営業所の下期車は長尺仕様のN尺が11台在籍しました。 写真は引退1ヶ月前となる1998年10月の様子で、船02は2008年8月の改正で廃止された大船駅~県庁入口線です。撮影 藤島雅哉様 |
1987年上期のP-MP218M(や51)です。 登場時に短い間に見られた塗装で、現行塗装と比較しても赤いラインの太さなど異なる点が幾つか見られます。短期間しか見られませんでしたが、社番シールも影つきフォントがとても印象的でした。複数の塗装パターンがありましたので色々と試験塗装として検討されていたようです。撮影 まにまにカレチ様 |
1987年上期のP-MP218N(あ211)です。この代から塗装パターンが変わり、現在まで続いている直線的なラインへと変わりました。1987年上期は約300台の新車が登録され、中でもMP218は多く見られた型式です。長尺は戸塚に2台(と22、と62)が最後まで残っていましたが2003年3月に全廃となりました。 |
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1987年上期のP-MP218M(や53)です。この代の大和はカナちゃん号を含む13台が配属されいずれもホイールベース5.3mのM尺でした。富士5EボディのP-LV314Nも並行導入されました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1987年上期のP-MP218M(は31)です。秦野はホイールベース5.3mのM尺仕様が20台近く在籍します。写真は平塚駅での様子で平73 広川経由の東海大学行出発時です。撮影 TN様 |
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1987年上期のP-MP218M(ひ43)です。ホイールベース5.3mのM尺仕様です。こちらのタイプは2002年11月に全廃となりました。 |
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1987年上期のP-MP218M(ひ14)です。平塚車もカナちゃん号を含む20台近くが投入された代です。平塚駅で出発待ちの姿ですが、1999年6月21日に新設された羽田空港線のPR垂れ幕を掲出しています。撮影 TN様 |
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1987年上期のP-MP218M(ひ18)です。平塚駅で待機中の様子で廃車直前の姿になります。撮影 TN様 |
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1987年上期のP-MP218N(せ55)です。この代の綾瀬は長尺が4台在籍し1988年12月の綾瀬営業所開設時に藤沢から転入した車です。撮影 綾瀬師匠様 |
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2000年6月、関東地方の中古屋さんに置かれていたMP218です。撮影 フェニックス様 |
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1987年上期のP-MP218N(さ179)です。この車はフォグランプが角形となっていた珍車です。角形で導入されたのは1988年下期からですのでバンパーごと後年になって交換されたようです。この車は1999年8月に廃車となっています。 |
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1987年上期のP-MP218N(お0144・お150)です。舞岡はホイールベース5.8mのN尺仕様が17台が在籍しました。撮影 Fujishima様 |
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相模原駅南口で並んだエアロスターKの並びです。左から1992年下期「さ68」、1987年上期「あ211」、1990年上期「さ0182」になります。 その後の改正で厚木からの相模原駅や上溝までの路線も廃止されています。撮影 綾瀬師匠様 |
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1987年上期のP-MP218M(い8)です。納車から間もない頃の姿で先の「や51」とは配色パターンが異なりますが裾部が太いのと、フロントガラス真下の細い赤ラインもガラスゴムギリギリの位置に塗られています。1987年末に見られたバスカード取扱テスト車です。撮影 ise様 |
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1987年上期のP-MP218N(よ32)です。横浜には14台が入った長尺車でその後5台が舞岡へ転出しています。 港35系統の庄戸行運用時に見られた『5・3・1丁目』経由の札でフロントに掲出されていました。撮影 Yu131様 |
1987年上期のP-MP218N(あ212)です。このバスは「ミロードオリジナルデザインバス」で小田急線本厚木駅にあるミロードの全面広告車です。1996年7月にこの塗装へ塗り替えられ2001年7月の廃車まで活躍し続けました。ポイントカードも広告と同じデザインでした。 |
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1987年上期のP-MP218M(は64)です。秦野はM尺のみが投入され、この代は日産ディーゼルP-U32Lも並行投入されていました。NBC線は日本ビジネスコンサルタントの略で後の日立情報線です(廃止)。当時は専用カラーのUDが充当されていましたが、一般車の運用もあったのでしょうか。撮影 Yu131様 |
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1987年上期のP-MP218M(や51→ち96)です。1996年秋から2年間行われた茅ヶ崎駅北口バス乗り場工事に伴い、大和から転入した1台ですが、当初は「や51」社番のままの姿で運用されていました。工事の際は北口が使用できなかったため、写真の茅ヶ崎市役所駐車場に臨時乗り場が開設されていました。撮影 ユーロえぼし様 |
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海老名駅東口で並んだエアロスターKです。左は1987年上期車で長尺の「あ210」、右は1989年上期のM尺「せ92」です。海11・海14どちらも過去の路線となっています。撮影 菅井隆行様 |
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1987年3月投入のP-MP218N(あ211)です。 この代の厚木は3月と5月の2回に分け長尺では最多となる一挙27台が登録されました。 写真は現在とはバス停設置位置が異なる海老名駅西口にて海01系統の愛川町役場行出発時の様子です。 |
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1987年3月投入のP-MP218M(は8)です。 秦野にも多数が導入されたグループで3月と5月に入り、日産ディーゼルU32も並行導入され計20台以上が入った年でした。 複数の塗装パターンによる試験塗装が見られたグループでしたが、その名残なのか写真の車のようにフロント裾の赤いラインがやや太めの車も複数台で見られました。 「は8」はサイドミラー部の雨どいの赤色も太い車でした。撮影 相州屋様 |
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1987年5月投入のP-MP218N(あ157)です。 1987年は約300台が導入された年となりましたが、殆どが3月、5月に集中していました。 厚木は27台が入り全車が長いN尺仕様でした。2003年までには全廃となった年式です。写真は厚木バスセンターでの様子です。撮影 it様 |
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1987年9月投入のP-MP218M(ひ138)です。1987年下期は10台しか新車が入っておらず、内MPは6台のみの投入でした。仕様は上期と同じです。後ろにはUDやMP118も見えます。この代は2003年2月に最後の「は116」が廃車となり消滅しました。撮影 渋木様 |
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1987年9月投入のP-MP218M(い95)で、晩年の様子です。撮影 it様 |
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1987年9月投入のP-MP218M(い95)です。この代のエアロスターKは6台のみが在籍しました(M/N尺=3台ずつ)。1988年に塗り替えられるまでは前面下部と側面の赤いラインが太い仕様でした。撮影 ジャック様 |
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1988年上期のP-MP218Nです。この代からリアに補助ブレーキ灯が追加されています。丸形フォグランプはこの代までの仕様です。1999年9月から廃車も始まり、長尺車は「あ127」が最後まで残りましたが2003年4月に全廃となりました。 |
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1988年上期のP-MP218N(あ104)です。土曜休日に1本だけが運行されている海02系統の運用に入る直前の様子です。海老名駅~相武台前駅経由~相武台団地行です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1988年上期のP-MP218N(ひ41)です。平塚駅にて平53系統の旭町経由本厚木駅南口行待機中の様子です。羽田空港線の垂れ幕も好評運行中と書かれたものへと交換されています。撮影 TN様 |
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1988年上期のP-MP218N(あ120)です。宮ヶ瀬で撮影された1枚で、後ろには津久井のいすゞキュービック(三54系統)、宮ヶ瀬ダムシャトルバス用のP-MK595J「T-12」の姿も見えます。撮影 綾瀬師匠様 |
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1988年上期のP-MP218M(は55)です。この代では最後まで残った車で2004年1月に廃車となりました。丸いフォグランプのMPもこれが最後となりました。撮影 Yu131様 |
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1988年上期のP-MP218N(あ73)です。2002年11月に廃車となった車で、前扉は波線の旧塗装車と同じくボディカラーと同色の物が使用されていました。新製当初からではないと思いますが、いつ頃交換されてこうなったか気になるところです。 |
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1988年上期のP-MP218N(あ120)です。長尺のエアロスターKで、この車は一時期、ヘッドライト枠がシルバータイプの物になっていました。当時は他のKボディでもチラホラ見られました。撮影 it様 |
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1988年上期のP-MP218N(よ47)です。1990年上期まで導入が見られた長尺エアロスターKですが、横浜営業所ではこの代が最後となり、以降はM尺車が入りました。撮影 Yu131様 |
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1988年上期のP-MP218N(ふ36)です。 この代だけでも70台近くの長尺仕様が在籍し当時の一台勢力を誇っていました。 藤沢は早くから黒地の運賃幕を採用していました。 2000年頃の撮影ですが、その後「ふ036」と藤沢神奈交へ管理委託され、晩年は「せ52」として綾瀬に在籍しました。 |
1988年3月投入のP-MP218N(と188)です。 長尺のエアロスターKで上期の戸塚は18台が導入されました。この代のN尺は戸塚のほか横浜・舞岡・藤沢・厚木にも入っていましたが特に戸塚と厚木は多い台数でした。 1987年式と比較するとリアに角型の補助ブレーキランプが設置されたのが特徴ですが、ステップバンパーが採用され前後共にサイズが延長され全長も伸び、バンパー上部全体に滑り止めが設置されています。撮影 犬山いずみ様 |
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1988年3月投入のP-MP218N(あ47)です。 晩年は津久井神奈交バスが担当していた「宮ヶ瀬ダムシャトルバス」、1994年に新設された際は厚木営業所が担当していました。 方向幕は神奈川中央交通で代用し前面や側面はサボが掲出されていました。撮影 it様 |
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1988年下期のP-MP218M(ひ35)です。この代からフォグランプが角形へ変更されています。2000年上期から廃車の始まった代です。 |
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1988年下期のP-MP218M(お134)です。2000年3月からの3ヶ月間で2度の転属歴のあった車でした。転属直後は相模ナンバーのままの姿も見られました。撮影 Fujishima様 |
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1988年下期のP-MP218N(お0146)です。2001年7月から横浜神奈交バスへ管理委託された車です。写真は南永田団地バス停で待機中の様子で、井11系統です。撮影 Fujishima様 |
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1988年下期のP-MP218M(た90)です。2001年の多摩営業所開設時は10台のP-MP218Mが在籍していましたが、相次ぐ転出や廃車によって同年中にはこの1台のみとなり2002年11月まで在籍しました。 |
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1988年下期のP-MP218M(や038)です。 湘南→藤沢神奈交へ管理委託されていた時代の記録で、現在の神奈中東に当たる管理委託車となります。 今でこそ大和の神奈中東の委託車は中型・小型のみの在籍ですが、この当時は一時期かつ僅かでしたが大型の委託車も存在していました。 |
1989年上期のP-MP218M(お137(元よ40 笹下))です。2000年4月に塗り替えられ誕生した横浜ルミネの全面広告車です。ホワイトをベースに鮮やかなレッドで描かれています。塗り替えの際にルーバーが一部埋められています。2001年7月には舞岡へ転属となり、同年12月に廃車となりました。 |
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ルミネバスP-MP218M(お137)です。最後の約5ヶ月間は横浜から舞岡へ転属して過ごしましたが、暫くは横浜の方向幕と運賃表のままで活躍しました。1989年式MPの廃車はこの車が初めてとなりました。撮影 横浜の恥じっ子様 |
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1989年上期のP-MP218N(さ61)です。長尺車では最古参の代で、さ61は2003年10月に戸塚から転属し翌年2月まで活躍しました。麻溝車庫へのエアロスター長尺配置は初めてとなりました。撮影 ともやっち様 |
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1989年上期のP-MP218M(い68・い98)です。どちらも伊勢原駅南口で待機中の姿になります。伊19は新設から年月が浅いため後年になって追加された方向幕でフォントも少し異なっています。撮影 綾瀬師匠様 |
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1989年上期のP-MP218M(い34)で、M尺のエアロスターです。 |
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1989年上期のP-MP218M(つ073)です。2003年9月に相模原から転入した1台です(元さ61→さ0183)。相模湖駅にて八07系統の八王子駅線待機時の様子です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1989年上期のP-MP218M(い78)です。伊勢原のこの代は10台が在籍し、日野pP-HT235BAも並行して導入されていました。撮影 平社員様 |
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1989年上期のP-MP218M(ま80)です。こちらも前扉が旧タイプの物が使用されていましたが、車体のラインに合わせて下部も赤色に塗られているのが特徴で異彩を放っていました。撮影 R.あっきぃ様 |
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ま80の前扉です。2003年3月に廃車となった直後の様子です。 |
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1989年上期のP-MP218M(ち101)です。1989年式から1998年下期までは中扉以降の座席が一人掛けになっています(ドア側)。 |
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1989年上期のP-MP218M(や6)です。元は32→あ136と渡った車で2003年4月に大和へ転属しLED化されました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1989年上期のP-MP218N(ま128)です。旧塗装では長尺エアロスターKも在籍していた町田ですが、現行塗装ではこの車1台のみで1997年下期に厚木から移ってきました(元あ48)。2003年3月に廃車となっています。撮影 綾瀬師匠様 |
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1989年上期のP-MP218M(ま186)です。 今から30年前、平成元年の最初に入ったグループで、前年に続き多くのエアロスターKが投入されていました。 この代の町田はホイールベース5.3mのM尺が入っていました。撮影当時、クリアタイプのフォグランプへ交換されていました。 写真の車は2002年11月まで在籍しました。 |
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1989年上期のP-MP218N(あ173)です。 こちらも平成最初に入ったエアロスターKの長尺仕様です。 20年前の1999年11月に廃止された厚80系統運用時の様子で相模大橋を渡る姿です。平成初期は相模川を渡る系統も現在以上に複数が存在していました。 |
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1989年上期のP-MP218N(と130)です。 平成に入って最初の新車となった代で、1988年に続いて導入された長尺のエアロスターは戸塚と厚木に配属、この年上期の戸塚は13台が入りました。2004年に全廃となりましたが晩年に戸塚の3台は相模原へと転出しています。 写真は戸13系統の戸塚駅東口→深夜バス→上飯田車庫行の表示です。 |
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1989年3月投入のP-MP218M(い35)です。 今月は9台が入りいずれもM尺仕様でしたが、この他にも日野ブルーリボンも並行して導入されていました。 写真は新人教習中の様子で、現在は秦野営業所に併設されている研修センターが伊勢原営業所近くにあったことから教習車を見かける機会も少なくありませんでした。 |
1989年3月投入のP-MP218N(さ54・さ55)です。 新製当初は戸塚に配属されていた車で1989年上期の戸塚は長尺車で統一され13台が在籍していました。 2003年10月の晩年には相模原へと3台が転属、写真はそのときの姿です。相模原ではこの翌年2月に引退したため4ヶ月と短い在籍でした。 相模原のN尺エアロスターは2000年に一旦全廃となっていたため3年ぶりの復活となりました。 2003年9月から年末にかけては営業所間のトレードが大変盛んで、相模原は長尺MPのほかLV314(キュービック・7E)が来たりと神奈中全体で60台以上が行き来していました。撮影 犬山いずみ様 |
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1989年下期のP-MP218N(あ177)です。定員82人、車体長11.26m(WB=5.8m)という長さを誇った神奈中の長尺エアロスターKも厚木にこの1台が残るのみとなり、2005年9月に全廃となりました。 |
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1989年下期のP-MP218N(あ85、あ223)です。厚木では2003年に入って30台近くが淘汰された型式です。どちらも厚木オリジナルの表示・フォントです。 |
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1989年下期のP-MP218N(あ176)です。ホイールベース5.8mの長いN尺で、1989年も長さを問わず大量に投入されました。 |
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1989年下期のP-MP218N(あ183)です。ポピュラーな型式ですが、後輪のホイールがシルバーに光っています。後輪は左右ともこのようになっていまして、他にもU-MP218MやMP317でも2005年まで見られました。撮影 it様 |
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1989年下期のP-MP218N(あ182)です。前扉が黒塗りではなくボディと同じカラーに塗られているユニークなバスです。旧塗装時代はこの方式でしたので、旧塗装車の扉を移設したものと思われます。 逆に黒塗りドアの波線旧塗装バスも1995年まで在籍していました(旧あ198等)。 |
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1989年下期のP-MP218N(と151)のリアビューです。エンジンルーバーが1990年下期以降のU-MP系と同じパンチメッシュタイプに交換されています。 |
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1989年下期のP-MP218N(と153)です。戸塚のこの代は2005年8月末まで写真の車が見られました。 |
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1989年下期のP-MP218M(や118→は26へ)です。こちらはホイールベース5.3mのM尺車です。上の長尺車のほうがこのM尺車より窓1個分車体が長いのが分かります。一大勢力を誇ったP-MP系の数も、この撮影時期にはだいぶ少なくなりました。 |
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1989年下期のP-MP218M(お077)です。2001年8月に横浜神奈交バスへ管理委託された1台です。写真は東戸塚駅で方向幕動作中の様子で、東1 6系統の県庁入口線表示です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1989年下期のP-MP218M(お045)です。この代の舞岡はその後の転入もあり14台にまで増やしてきました。撮影 Fujishima様 |
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1989年下期のP-MP218M(い57)です。廃車が進み、この代のM尺は1台が残るのみとなっていますが、写真の「い57」は手入れが行き届いており大変美しいボディを保っていました。M尺は「は46」が最後に残った1台でしたが、こちらも長尺車同様に2005年9月に廃車となり1989年下期車は全廃となりました。 |
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1989年下期のP-MP218M(よ94)です。横浜営業所のエアロスターKです。横浜のKボディも1984年下期から投入され、長さもM/N(P改も)/P尺と揃っていました。撮影 Yu131様 |
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1989年下期のP-MP218M(さ60)です。 2003年10月に舞岡から転入した1台です(元お114→お0114)。このとき舞岡と戸塚から計5台の同型が転入しましたが、いずれも2004年2月には引退しており相模原では短期間のみの在籍でした。 分かりづらいですが手前の屋根上マーカーランプの左に、横浜駅西口で1990年頃まで使われていたバスロケシステムのアンテナが残っています。 |
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1989年10月投入のP-MP218M(よ23)です。 横浜営業所のエアロスターKで、1989年下期の横浜車はM尺が10台入りました。横浜の長いN尺は1988年上期までの導入でした。 転属することなく横浜で過ごし2003年2月に引退しています。写真は大船駅出発シーンの様子で数少ない船13系統の天神橋行です。撮影 Yu131様 |
1989年9月投入のP-MP218M(よ20)です。 この年下期の横浜営業所は9台のM尺が配属されました。横浜への長尺は1988年上期までの導入でした。 2001年に横浜駅西口で記録されたもので、【62】系統の急行千丸台団地線が横浜営業所単独で運行されていた頃、横浜市営や相鉄も担当していた時代です。 この年に舞岡営業所と共管路線となった後に舞岡→中山へと移管、現在の62系統は横浜市営や相鉄は撤退し神奈中単独での運行となっています。 フロントに神奈中創立80周年の記念ステッカーも見えます。「よ20」は2001年7月に舞岡へ転属(お74→お074)、最後の4ヶ月は相模原で過ごしました(さ59)。撮影 犬山いずみ様 |
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1990年上期のP-MP218M(あ134)です。M尺はその後も導入されている長さです。呉羽系P-MP218/618系のエンジンルーバーは少し縦長で金網タイプ、四隅もR状で丸っこくなっています。この代は2003年3月から廃車が始まりました。 |
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1990年上期のP-MP218N(あ186)です。P-代最終増備の代、長尺車の投入もこの代で最後になりました。1990年上期の長尺は厚木と戸塚にのみ投入され、厚木車は2003年にLED化改造されました。 |
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1990年上期のP-MP218N(あ188)です。本厚木駅前にて厚82 河原口経由の海老名駅西口行出発時の様子です。黒地タイプの運賃幕へ交換されています。撮影 綾瀬師匠様 |
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1990年上期のP-MP218N(と16)です。この代の戸塚車は7台の長尺車が投入されました。 |
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1990年上期のP-MP218M(あ150)です。こちらはM尺バージョンのLED車です。 |
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1990年上期のP-MP218M(つ074)です。2003年9月に一挙10台が転属してきた型式で、いすゞの多かった津久井の大型委託車でしたが、これで三菱といすゞが半々の割合となりました。撮影 あるてっちゃん様 |
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1990年上期のP-MP218M(つ06)です。2003年9月に相模原から転入した1台です(元さ134→さ54)。橋03系統 小倉橋経由運用時の姿です。撮影 ムッチー様 |
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こちらも「つ06」号車です。新人運転士の教習中のシーンで「教育実習中」の垂れ幕を掲げ走行していました。撮影 TANAKUWA様 |
1990年上期のP-MP218M(つ040)です。こちらも2003年9月に相模原から転入した車です(元さ168→さ60)。相模原から9台、伊勢原から1台の計10台のMP218が転入し、逆に津久井からはLV314が11台、MP218が1台転出しています。 写真は橋01や橋03小倉橋経由、橋18森下経由や、湖29高尾山口行走行シーンのほか、橋09三井経由で橋本駅南口発車待ちの姿です。撮影 ムッチー様 |
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1990年上期のP-MP218M(お075)です。横浜神奈交バスに管理委託されているM尺車で、LED化が進む中、2003年10月20日に開業した[東01]系統の幕も備えられていました。撮影 藤島優哉様 |
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1990年上期のP-MP218M(せ95)です。P-車では最終増備にあたる代のM尺エアロスターKです。 |
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1990年上期のP-MP218M(お0135)です。撮影当時の舞岡最古参の代でいずれも横浜神奈交バスへ管理委託され行先表示は幕式でした。撮影 綾瀬師匠様 |
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1990年上期のP-MP218M(ひ100)です。撮影当時、平塚のP-MPは2台が残るのみでしたが2004年12月までには姿を消しました。 |
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1990年上期のP-MP218M(つ038)で、津久井神奈交へ管理委託されている車ですが、行先表示がLED化されました。2003年に相模原から転属してきた車です。撮影 あるてっちゃん様 |
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1990年上期のP-MP218M(さ0183)です。峡の原車庫に在籍していた相模神奈交の管理委託車ですが、2004年11月頃から「さ0184」と共に神奈中の麻溝車庫にも常駐していました。 |
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1990年上期のP-MP218N(あ78)で長尺車です。この代の厚木長尺車もLED化されました。この代の長尺車は1989年下期製より一足早く、2005年2月には全廃となっています。 |
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1990年上期のP-MP218M(ひ143)です。2004年10月に津久井から転入した車で、貸切や平塚競輪輸送のみで活躍しましたが同年のクリスマスに、ひ177号と共に廃車となり、平塚からP-MPは消滅しました。撮影 Yu131様 |
舞岡のMP218です。一時期、バスロケシステムが搭載されていたことがあり、その名残りでアンテナが屋根上に見ることができ、同じアンテナでも2種類を確認しています。下は元舞岡の「ち102」でやはりアンテナが付いています。右上は系統番号無しの「不動坂」表示ですが、まれに見かける程度の表示でした。撮影 横浜の恥じっ子様 |
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1990年3月投入のP-MP218N(と177)です。 前回更新時に掲載した車両と同じ「と177」ですが、前回掲載の1999年撮影時は運賃幕が黒幕タイプへと交換されていました。 今回の写真は2004年2月に撮影された1枚ですが、運賃幕が再び旧式の白へと戻されているのが分かります。 過去にも白→黒へ交換された車両は何台も見られましたが、白→黒→白への交換例は珍しいでしょうか。撮影 犬山いずみ様 |
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1990年下期のU-MP218M(ち71)です。最も初期のU-MP系で新呉羽ボディを架装するエアロスターKです。U-MP218Mはボディスタイルを変化しながら1994年下期まで投入されました。 |
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1990年下期のU-MP218M(よ30)です。大船駅にて、船09系統でみどりヶ丘からの到着便です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1990年下期のU-MP218M(ふ072)です。大船にて、船34系統の南岡本行運用中の姿です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1990年下期のU-MP218M(せ8)です。この代の綾瀬は1台投入されましたが、その後の転入で6台にまで増えました。写真は長39 長後駅西口→市民文化センター経由の綾瀬車庫行です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1990年下期のU-MP218M(は83)です。この代は30台ほどが投入されました。 |
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1990年下期のU-MP218M(お041)です。写真は舞岡車で運転訓練中時の様子です。 |
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1990年下期のU-MP218M(お09)です。2005年7月に戸塚から転入した1台で横浜神奈交バスへの管理委託車です(元と41)。 舞岡では僅か2ヶ月足らずの活躍で、LED化されることなく9月には運用離脱し10月に廃車となっています。撮影Fujishima様 |
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1990年下期のU-MP218M(せ9)です。2005年度までに廃車が進んだ結果、6台が残り2006年8月をもって全廃となりました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1990年下期のU-MP218M(せ50)です。こちらも綾瀬車で2台が在籍し、この2台が最後まで残った1990年下期車です。撮影 平社員様 |
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1990年下期のU-MP218M(お073)です。舞岡には2台が在籍し、2台とも横浜神奈交バスへ管理委託されていました。 |
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1990年下期のU-MP218M(お073)です。こちらは横43系統で運用中の姿です。撮影 ISS様 |
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2005年度はあちこちで見られた運用離脱車で、写真は舞岡車の様子です(お058・お023・お09)。撮影 横浜平島様 |
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1990年下期のU-MP218M(や80)です。 最初期のU-代エアロスターKで長津田駅で待機中の姿です。町72系統は2014年8月の改正で廃止された田奈駅経由の路線でした。 2005年7月にLED化改造が施されましたが程なくして同年10月には引退しています。まだ前面の系統番号の縁が小さい頃の表示です。撮影 リムジン様 |
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1990年下期のU-MP218M(や86)です。 こちらは若葉台中央にて2006年の記録になります。この当時は既に2005年4月に中山操車所が開設されていたため、116系統は横浜ナンバー車による「や」が担当していましたが、相模ナンバー車による運行もしばしば見ることが出来ました。撮影 リムジン様 |
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1990年12月投入のU-MP218M(お72)です。 神奈中では最初期のU-代のエアロスターで、平成元年排出ガス規制に適合したモデル、それまでのP-規制に代わり導入が始まりました。 舞岡の1990年下期は3台が導入され後に2台が転入しています。 写真の車はフロント裾の赤いラインがやや太めで高さがあり、1987年上期車で見られた試験塗装を彷彿させる外観でしょうか。撮影 藤島雅哉様 |
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1991年上期のU-MP218M(ち89、ひ13)で、新呉羽ボディを架装するエアロスターKです。先に導入された1990年下期製よりも一足早い、2006年3月に全廃となった代です。 |
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1991年上期のU-MP218M(ち90)です。1999年9月に舞岡から転入した1台です(元お12)。エアロスターKは正面の社番シールは通常、通気口を跨ぐ形で貼られるのですが、ち90はやや下寄りに貼られています。撮影 綾瀬師匠様 |
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1991年上期のU-MP218M(お061)です。2003年3月より横浜神奈交バスへ管理委託された車です。横浜駅西口での様子になります(横17)。撮影 綾瀬師匠様 |
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1991年上期のU-MP218M(と148)です。転属歴の多い年式で、晩年は排ガス規制に適合したDPFも装着され元気に活躍しました。 |
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1991年上期のU-MP218M(つ054)です。右は転属する前の町田時代(ま191)です。2003年末に津久井へ転属してきました。町03松風台の表示が懐かしいです。撮影 綾瀬師匠様 |
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1991年上期のU-MP218M(ま036)です。2005年10月に相模神奈交バスへ管理委託されたばかりの車です。写真は町54系統 町田駅→藤の台団地経由で鶴川駅到着時の姿になります。後ろには町53で到着した2001年式「ま144」MP35ワンステップの姿も。撮影 運転手K様 |
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1991年上期のU-MP218M(ま60・ま36)です。左の「ま60」は野津田車庫への納入回送時の様子で、右の「ま36」も運用開始直後の姿でMP118の姿も見えます。撮影 横浜平島様 |
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1991年上期のU-MP218M(お061)です。2005年7月にLED化改造が実施されました。戸塚駅での様子です。撮影 ISS様 |
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1991年3月投入のU-MP218M(お0179)です。 平成元年排出ガス規制適合のU-代は神奈中では1990年下期から導入が始まりました。 写真の車は2001年12月に横浜営業所から転入した車です(元よ132)。 2005年8月にLED表示化改造が施されましたが、その姿は僅か1ヶ月のみしか見られず運用離脱し同年12月に引退しています。撮影 藤島雅哉様 |
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1991年下期のU-MP218M(と174)です。この代は9月に神奈中全体で僅か7台のみが投入されるに止まりました。補助席が設置されたグループですが、後年になって1992年上期車同様に殆どが撤去されていました。2006年8月に全廃となっています。 |
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1991年下期のU-MP218M(よ25)です。1998年上期に秦野から転入した車です(元は104)。撮影 綾瀬師匠様 |
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1991年下期のU-MP218M(あ230)で、補助席を装備しました。厚木車が相武台前駅まで来ていた頃の記録です。 |
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1991年下期のU-MP218M(い76)です。 下期車は全体で7台のみが入り全車がMP218でした。写真の車は新製時は津久井に在籍(つ78)、1999年6月に日野HT236を置き換える形で伊勢原へと転入し2006年7月まで在籍しました。この代は2006年8月までに全廃となり7台全てが海外輸出されました。 写真は日向薬師で待機中の様子でクリアタイプのフォグランプが印象的でした。撮影 TN様 |
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1991年9月投入のU-MP218M(よ25)です。 貸切運用に対応できるよう補助席が付いた仕様で、普段の補助席部分はカバーが掛けられていました。 1998年上期に秦野営業所から転入した1台です(元は104)。1991年は大量導入はなく、特に下期車は同型7台のみの導入でした。 2006年4月まで活躍しました。撮影 犬山いずみ様 |
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1992年上期のU-MP218M(よ102)です。1998年上期に町田から車です(元ま94)。舞岡時代は短く、1999年8月には再び転出し伊勢原へと移っていきました。船05系統の大船駅→上大岡駅行運用時の姿になります。撮影 Fujishima様 |
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1992年上期のU-MP218M(ま193)です。美しい桜並木の下で待機中の姿で尾根緑道さくら祭の臨時バスです。撮影 綾瀬師匠様 |
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1992年上期のU-MP218M(さ230・さ231)です。2000年11月に町田から転入した車です(元ま92・元ま102)。2001年の多摩営業所新設準備に伴う転属で、一時的に相模原は車両が急増しました。多摩センターや永山駅系統も町田と共管となり多摩開設まで見られた光景です。方向幕も町田営業所の物をそのまま使用していたものと思われます。撮影 SK様 |
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1992年上期のU-MP218M(た65)です。多摩営業所開設日の撮影ですが、開設当初は転属前の旧社番でいることが多く、写真のバスも「さ230」のままです。この相模原の神奈中最高社番だった「さ230番台」も消滅してしまいました(過去最高は「さ237」)。撮影 とも様 |
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1992年上期のU-MP218M(ま0189)です。2003年3月に多摩から転入し同年11月より相模神奈交へ管理委託されていました。 転属履歴は元「い65→お137→ま102→さ232→た67」と豊富で、当初の伊勢原時代が6年と最も長かったようです。撮影 運転手K様 |
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1992年上期のU-MP218M(ふ010、ふ045)です。こちらも転属歴の多い代で調査で泣かされましたが、晩年まであちこち動きました。写真は藤沢神奈交バスに管理委託されていた車で、藤沢は神奈中・神奈交共に黒地の運賃幕へ交換されているのがポイントです。 |
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1992年上期のU-MP218M(よ118)です。この補助席が付いたグループの横浜車は最大時で10台が在籍しましたが転出により3台にまで減っています。撮影 綾瀬師匠様 |
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1992年上期のU-MP218M(ひ144)です。1995年下期に舞岡から転入した1台です(元お159)。平塚駅前で待機している姿ですが、このとき何故か廃止された厚56 小田急通り経由の田村車庫行の表示を出していました。撮影 綾瀬師匠様 |
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1992年上期のU-MP218M(お0136)です。2003年2月に横浜神奈交バスへ管理委託されました。写真は横浜駅西口で待機中の姿です(横17)。撮影 綾瀬師匠様 |
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1992年上期のU-MP218M(や125)です。1999年1月に厚木から転入した車です(元あ197)。青葉台駅にて待機中の様子で、青55系統 あかね台行です。撮影 it様 |
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1992年上期のU-MP218M(ひ93)です。少し見づらいですが前扉に今では珍しくなった「自動扉」の文字が見えます。 |
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1992年上期のU-MP218M(お08)です。2003年4月に横浜神奈交バスへ管理委託された車で、横43系統の戸塚駅行運用時の様子です。撮影 Fujishima様 |
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1992年上期のU-MP218M(お0119)です。補助席付の代で舞岡は12台が在籍し横浜神奈交に委託されていますが、徐々にLED化も進行しました。 |
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1992年上期のU-MP218M(せ102)です。わずか1台が残るのみとなった補助席付車で、せ102は2006年5月に厚木から転属して来ました。 なお、この車が神奈中グループで最後のエアロスターKとなりました。 |
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1992年上期のU-MP218M(せ102(あ0122))です。神奈中最後のエアロスターKは写真の綾瀬車で2006年9月14日に車検満了を迎え廃車となりました。右は今年5月まで在籍していた厚木時代で転属直前時です。 Kボディそのものは1984年下期から1992年下期まで約1200台が投入されました。 |
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1992年上期のU-MP218M(お086)で、補助席を装備していたグループです。 |
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1992年上期のU-MP218M(や125)です。まだ大和に神奈交が設立されていない頃の様子で、海老名駅にも本体車が普通にやって来ていました。撮影 菅井隆行様 |
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1992年上期のU-MP218M(さ26)です。4並びのナンバーが印象的だった車で伊勢原へ転属する2001年11月まで見られたナンバーです。 |
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1992年上期のU-MP218M(ま097)です。 補助席が備え付けられていたグループで転属が多かった年式ですが、写真の車は納車から引退まで町田で過ごしました。 撮影 林景一様 |
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こちらは同期の「ま043」です。元あ4→ひ152→お65→や67と移り変わり、ナンバーも相模・湘南・横浜・多摩へと八王子を除く一通りのナンバーを取得した履歴です 撮影 林景一様 |
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1992年上期のU-MP218M(い71)で、補助席を装備していたグループです。 相模原からの転入車で2003年3月に転入(元さ117→さ0180)、2006年8月まで在籍しました。 |
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1992年3月投入のU-MP218M(あ0122)です。 2006年春の綾瀬へ転出する直前の本厚木駅前での記録になります。「あ122」号車として登録され2001年に当時の相模神奈交バスへ管理委託され「あ0122」となりました。 綾瀬「せ102」としては数ヶ月程の活躍でしたが神奈中最後のエアロスターKとなった車でした。撮影 齋藤様 |
1992年下期のU-MP218M(あ123・あ196・あ17)です。この型のボディを架装するエアロスターKでは最後の代で、マフラーが右側へ移りました。 上期車に装備されていた補助席はなくなり、この代は総勢42台が配置され2006年9月8日まで在籍しましたが、最後に残った平塚車は同年8月末には運用離脱したため、実質は8月25日前後で運行を終えています。 |
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1992年下期のU-MP218M(お010)です。2003年4月に横浜神奈交バスへ管理委託されました。写真は東戸塚駅を出発するときのシーンで東02系統の不動坂行です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1992年下期のU-MP218M(お98)です。1998年4月に伊勢原から転入した1台です(元い25)。戸22系統にて舞岡車庫を出発するシーンです。撮影 綾瀬師匠様 |
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1992年下期のU-MP218M改(お034)です。2000年10月に綾瀬から転入した車で(元ち63→せ52)、数少ない新ステップ試作車になります。撮影 綾瀬師匠様 |
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1992年下期のU-MP218M(あ45)です。海老名駅西口にて愛川町役場からの到着便です。 方向幕動作中の様子で、厚51門沢橋経由の海老名駅、厚84厚木ナイロン経由の海老名駅線の表示です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1992年下期のU-MP218M(と86)です。立場ターミナルで撮影された立01系統の出発時の様子です。撮影 綾瀬師匠様 |
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1992年下期のU-MP218M改(せ52→お34→お034)です。5台が在籍する新ステップ試作車です。この補助ステップは極東開発工業製で商品名はイージーステップです。ドア開閉と連動してステップが上下するもので、前ドアの段差は1段多くなるものの、段差そのものが小さくなるという画期的なシステムでした。 |
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1992年下期のU-MP218M(ま052)です。2002年10月にLED表示化改造されてからまもなく、大和(や58)から町田へ転属し相模神奈交バスの管理委託車となりました。撮影 綾瀬師匠様 |
1992年下期のU-MP218M(や034→や34)です。藤沢神奈交バスへ管理委託されている大和車も順次LED化が進みました。 側面表示器については初期の機器に見られた黄色い線が「-」から「→」矢印表記へと変わりました。左が旧、右が新タイプのもの(2003.6時点で大和と厚木車で確認)です。 |
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1992年下期のU-MP218M改(ま0188)です。相模神奈交バスへ管理委託されている車で「新ステップ」試作車です。 2003年3月に多摩から転入した1台で、元はま147→さ234→た63号車でした。撮影 平社員様 |
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1992年下期のU-MP218M改(ま0188)です。2002年10月に大和から転入した車で、この月は町76系統 町田バスセンター~成瀬台線が大和から移管されたため、大和からMP218やMP35が計9台が移ってきました。撮影 運転手K様 |
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1992年下期のU-MP218M(ひ2)です。Kボディではこの代が最終増備となりました。平塚に残った4台は神奈中本体に所属し厚木市バス運行情報システム用のGPS車載器を装備します。撮影 平社員様 |
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1992年下期のU-MP218M(と127)で、教育実習中の垂れ幕が掲げられています。撮影 横浜の恥じっ子様 |
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1992年下期のU-MP218M(ま0160)です。町田もKボディが僅かに残っていましたが、2006年8月に全廃となりました。撮影 運転手K様 |
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1992年下期のU-MP218M(あ45・あ11)です。一度は運用離脱して廃車待ちだった管理委託車2台ですが、2006年5月から神奈中本体にて運用復帰し同年7月まで走りました。社番の「0」を撤去跡もしっかりと残っていました。 |
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1992年下期のU-MP218M(あ032)です。相模神奈交バスへ管理委託されていた車で元横浜車です。 |
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1992年下期のU-MP218M(ひ080)です。唯一湘南神奈交バスへ管理委託されている車でしたが2006年8月に廃車となっています。 |
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1992年下期のU-MP218M(さ69)です。麻溝車庫に所属するKボディは晩年は2台が見られ、どちらもLED化されました。 |
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エアロスターKの平塚車の並びです(ひ2・83・113)。 |
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1992年下期のU-MP218M(ひ2)です。4台が残った平塚車ですが、2006年8月にいずれも運用離脱し9月に廃車となりました。撮影 Yu131様 |
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1992年下期のU-MP218M改(ち63)です。 茅ヶ崎市役所駐車場の臨時ターミナルを使用していた頃の様子で、新ステップ試作車の内の1台です。 撮影 相州屋様 |
1992年下期のU-MP218M(お010)です。 神奈中のエアロスターKでは最終増備のグループでこの代からマフラー排気口が右側へ移動しています。 舞岡には6台が在籍し、写真の車は2003年4月に当時の横浜神奈交バスへ管理委託され2006年3月まで在籍しました。引退後は海外へ輸出されています。 エンジングリルがP-代まで採用されていた四隅に丸味のある金網タイプへとパネルごと交換されていた仕様です。撮影 犬山いずみ様 |
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1992年9月投入のU-MP218M改(お34)です。 新呉羽ボディを架装するエアロスターKでは最終増備のグループで、「新ステップ」試作車です。前ドアに昇降式のステップを装備しました。 2000年10月に綾瀬営業所から転入した車で新製当初は茅ヶ崎に配属されていました(元ち63→せ52)。 東戸塚駅東口で【上202】系統で待機中の様子です。2006年4月に引退しました。撮影 藤島雅哉様 |