こちらは『エアロスターK』をメインに、1984年下期(昭和59)〜1992年下期(平成4)までに投入された車両を紹介です。

◎更新内容◎
2019/5/1…平成元年式のエアロスターをアップです。


旧塗装  1984年下期(昭和59年)  1985年上期  1985年下期  1986年上期  1986年下期
現行塗装  1987年上期  1987年下期  1988年上期  1988年下期  1989年上期(平成元年)  1989年下期  1990年上期
U-代  1990年下期  1991年上期  1991年下期  1992年上期  1992年下期

フラワーNew!
2019.5.1
ま186 1989年上期のP-MP218M(ま186)です。
今から30年前、平成元年の最初に入ったグループで、前年に続き多くのエアロスターKが投入されていました。
この代の町田はホイールベース5.3mのM尺が入っていました。撮影当時、クリアタイプのフォグランプへ交換されていました。
写真の車は2002年11月まで在籍しました。

2019.5.1
あ173 1989年上期のP-MP218N(あ173)です。
こちらも平成最初に入ったエアロスターKの長尺仕様です。
20年前の1999年11月に廃止された厚80系統運用時の様子で相模大橋を渡る姿です。平成初期は相模川を渡る系統も現在以上に複数が存在していました。







1984年下期
ふ141 1984年下期のP-MP218M(ふ141)です。この代からモデルチェンジされた呉羽のスケルトンボディを架装しエアロスターKと呼ばれました。写真は長尺のP尺と並行して投入されていたM尺車です。エアロスターKボディそのものは1992年上期まで長きに渡り導入されました。撮影 遠藤様

P-MP218Mは33 1984年下期のP-MP218M(は33)です。この代は冷却風取り入れ口付近の形状に違いがあったようです。MとP尺が在籍しました。撮影 相州屋様

P-MP218M 1984年下期のP-MP218M(ひ77)で、今はなき広島線の垂れ幕や後方にいる箱根登山バスのBU10など懐かしい光景です。撮影 相州屋様



1985年上期

P-MP218Mリア 1985年上期のP-MP218M(あ166)です。この代は1995年下期に全廃となっています。標準のMと長いP尺が在籍していました。前面の表示幕が小さく、始発と終着名を一括表示するタイプの幕で、車内の床は板張りでした。

P-MP218Pあ125 1985年上期のP-MP218P(あ125)です。こちらは長尺バージョンです。MPで最も長いホイールベースを持つP尺(6m)は1984年上期から1985年下期まで導入されていました。後発のN尺との区別が難しく、非常口ドア右にある窓ガラスの横幅が若干長い程度でしょうか。撮影 it様

あ81 1985年上期のP-MP218P(あ81)です。1986年に相武台地区の「団地北」にて撮影された写真です。冷房車を表すペンギンマークが懐かしいですし、写真の「海02」海老名からの系統も過去路線です。普段はこのバス停を通らない系統ですが、団地西〜団地東の陸橋工事による迂回時の様子です。撮影 まにまにカレチ様

2006.7.26
あ100 1985年上期のP-MP218P(あ100)です。エアロスターで最も長い車体を誇るP尺(全長11.34m=WB6m)は当時、数多く見られました。



1985年下期

P-MP218M 1985年下期のP-MP218M(あ198)です。撮影場所は改良工事が行われる前の愛川町半原折り返し場です。この年式が方向幕が大きくなった一番最初の代で最後の板張りの代でした。1995年下期に廃車になっています。
右は相模原のP-MP218Mです。撮影 it様



1986年上期

P-MP218P改P-MP218P改 1986年上期のP-MP218P改(あ74)です。この代の仕様はP尺を名乗りながら実際のホイールベースは5.8mです。MP118系に見られたN尺(5.8m)の設定はエアロスターにはなく、P尺の改造扱いという形でN尺を特別導入しました。このP改はこの代のみに止まりますが、この直後にN尺が型式認定を受け発売されることになります。1998年上期に全廃となった型式です。

あ61リア 1986年上期のP-MP218P改(あ61)です。このバスは小田急沿線で見られる厚誠会歯科グループの全面広告車で、この車のみに施されたカラーです。車種はホイールベースが5.8mのP改です。
1997年2月上旬にこの塗装になり、もちろん元々は旧塗装車でした。リアビューでは車体側面の中央付近にあるルーバーが厚誠会歯科塗装の文字で上半分が埋められています。1998年上期に廃車となりました。

あ106リア 1986年上期のP-MP218P改(あ106)です。こちらは建設業の大岩産業の全面広告車で、この車のみに施されたカラーです。1997年3月中旬に塗り替えられました。1998年上期に廃車となりました。

お89 1986年上期のP-MP218P改(お89)はホイールベース5.8mの改造扱い車で、舞岡にも20台近くが在籍しました。撮影 藤島雅哉様

P-MP218P改 1986年上期のP-MP218P改(あ208)です。この波線も消滅してから年月も経ちましたし大変懐かしいです。

2009.7.27
よ104 1986年上期のP-MP218P改(よ104)です。1995年に撮影された写真で、当時の横浜営業所も長尺車が多数在籍していました。撮影 花屋敷様

2016.9.14
あ63 1986年上期のP-MP218P改(あ63)です。ホイールベース5.8m仕様の通称「P改」で、厚木は5.3mのM尺車と並行して投入された代です。



1986年下期 旧塗装最終増備

P-MP218N 1986年下期のP-MP218N(あ39)です。この代からホイールベース5.8mのN尺が型式認定を受けたため、型式もNでの導入となりました。旧塗装でのP-MP218Nは1986年下期のみに導入され1999年1月まで活躍していた代です。

せ39 ブラックドア 1986年下期のP-MP218N(せ39)です。旧塗装では珍しい黒塗りドア車です。普通はボディと同じ色のドアが使われていますので1987年式以降の物と交換したのでしょうか。

P-MP218M 1986年下期のP-MP218M(さ152)です。1986年式は殆どが長尺のバスでの導入だったため、M尺は数少ない存在でした。撮影 it様

さ154 リア サイド
1999年6月をもって引退した波線塗装のバスです。ペンギンの冷房車マークの姿や、休日1往復の登戸線表示などもイベント時のご厚意で撮影する事が出来ました。このようにファンの為に開催して頂き感謝感謝です。写真は、1986年下期のP-MP218M(さ154)です。

2006.7.26
さ154さ154 1986年下期のP-MP218M(さ154)です。神奈中最後の旧塗装車となったエアロスターKで、1999年6月に引退となりました。写真は同月に行われた部品即売会時に展示されていた時の様子です。

あ6あ6あ6 1986年下期のP-MP218N(あ6)です。こちらも1999年1月には全廃となった長尺の旧塗装車です。



1987年上期 現行塗装へ

P-MP218N あ211 あ211 あ211
あ211 あ211
1987年上期のP-MP218N(あ211)です。この代から塗装パターンが変わり、現在まで続いている直線的なラインへと変わりました。1987年上期は約300台の新車が登録され、中でもMP218は多く見られた型式です。長尺は戸塚に2台(と22、と62)が最後まで残っていましたが2003年3月に全廃となりました。

P-MP218Mひ43 1987年上期のP-MP218M(ひ43)で少し短いM尺です。こちらのタイプは2002年11月に全廃となりました。

廃車体 2000年6月、関東地方の中古屋さんに置かれていたMP218です。1987か1988年上期のだと思われますが、この後どこへ売られていったのか気になります。撮影 フェニックス様

P-MP218N 1987年上期のP-MP218N(さ179)です。この車のみ、フォグランプが角形となっていた珍車です。角形で導入されたのは1988年下期からですのでバンパーごと後年になって交換されたようです。この車は1999年8月に廃車となっています。

や51 や51 や51 や51
1987年上期のP-MP218M(や51)です。登場時に短い間に見られた試験塗装車で、現行塗装と比較しても違いも多いです。短命でしたが社番の影つきフォントが好きでした。撮影 まにまにカレチ様

あ212 あ212 サイドビュー ポイントカード
1987年上期のP-MP218N(あ212)です。このバスは「ミロードオリジナルデザインバス」で小田急線本厚木駅にあるミロードの全面広告車です。1996年7月にこの塗装へ塗り替えられ2001年7月の廃車まで活躍し続けました。ポイントカードも広告と同じデザインでした。
2006.9.17
P-MP218N リア と40
1987年上期のP-MP218N(と40)です。戸塚も多数の長尺エアロスターKが在籍しました。




あ802あ802 1987年上期のP-MS725S(あ802)です。貸切で活躍したエアロバスです。転属歴は、と504→あ507と来ているようです。最後まで残った1台でしたが2002年1月に全廃となりました。

P-MS725S ひ801 深夜急行
1987年上期のP-MS725S(ひ801)です。深夜急行や貸切にて活躍していたエアロバスです。リアウィンドーには深夜急行用の案内表示も入っています。転属歴は、と505→ひ502→??→ひ801と来ているようです。

2016.9.14
は64 1987年上期のP-MP218M(は64)です。秦野はM尺のみが投入され、この代は日産ディーゼルP-U32Lも並行投入されていました。NBC線は日本ビジネスコンサルタントの略で後の日立情報線です(廃止)。当時は専用カラーのUDが充当されていましたが、一般車の運用もあったのでしょうか。撮影 Yu131様

2016.9.14
や51 1987年上期のP-MP218M(や51→ち96)です。1996年秋から2年間行われた茅ヶ崎駅北口バス乗り場工事に伴い、大和から転入した1台ですが、当初は「や51」社番のままの姿で運用されていました。工事の際は北口が使用できなかったため、写真の茅ヶ崎市役所駐車場に臨時乗り場が開設されていました。撮影 ユーロえぼし様

2016.9.14
あ210・せ92 海老名駅東口で並んだエアロスターKです。左は1987年上期車で長尺の「あ210」、右は1989年上期のM尺「せ92」です。海11・海14どちらも過去の路線となっています。撮影 菅井隆行様



1987年下期

P-MP218M 1987年下期のP-MP218M(ひ138)です。1987年下期は10台しか新車が入っておらず、内MPは6台のみの投入でした。仕様は上期と同じです。後ろにはUDやMP118も見えます。この代は2003年2月に最後の「は116」が廃車となり消滅しました。撮影 渋木様

い95 1987年下期のP-MP218M(い95)で、晩年の様子です。撮影 it様

2011.6.26
い95い95 1987年下期のP-MP218M(い95)です。この代のエアロスターKは6台のみが在籍しました(M/N尺=3台ずつ)。1988年に塗り替えられるまでは赤のラインが太い仕様でした。撮影 ジャック様



1988年上期

P-MP218Nあ23 1988年上期のP-MP218Nです。この代からリアに補助ブレーキ灯が追加されています。丸形フォグランプはこの代までの仕様です。1999年9月から廃車も始まり、長尺車は「あ127」が最後まで残りましたが2003年4月に全廃となりました。

2003.8.6
は55 1988年上期のP-MP218M(は55)です。この代では最後まで残った車で2004年1月に廃車となりました。丸いフォグランプのMPもこれが最後となりました。撮影 Yu131様

2004.1.17
相模原 1988年上期のP-MP218N(あ73)です。2002年11月に廃車となった車で、前扉は波線の旧塗装車と同じくボディカラーと同色の物が使用されていました。新製当初からではないと思いますが、いつ頃交換されてこうなったか気になるところです。

2006.1.14
あ120 1988年上期のP-MP218N(あ120)です。長尺のエアロスターKで、この車は一時期、ヘッドライト枠がシルバータイプの物になっていました。当時は他のKボディでもチラホラ見られました。撮影 it様

2007.8.25
よ47 1988年上期のP-MP218N(よ47)です。1990年上期まで導入が見られた長尺エアロスターKですが、横浜営業所ではこの代が最後となり、以降はM尺車が入りました。撮影 Yu131様

2018.8.19
ふ36 1988年上期のP-MP218N(ふ36)です。
この代だけでも70台近くの長尺仕様が在籍し当時の一台勢力を誇っていました。
藤沢は早くから黒地の運賃幕を採用していました。
2000年頃の撮影ですが、その後「ふ036」と藤沢神奈交へ管理委託され、晩年は「せ52」として綾瀬に在籍しました。



1988年下期

P-MP218Mひ35 1988年下期のP-MP218M(ひ35)です。この代からフォグランプが角形へ変更されています。2000年上期から廃車の始まった代です。
P-MP218Mお134 1988年下期のP-MP218M(お134)です。2000年3月からの3ヶ月間で2度の転属歴のあった車でした。転属直後は相模ナンバーのままの姿も見られました。撮影 藤島雅哉様

2006.1.14
た90た90 1988年下期のP-MP218M(た90)です。2001年の多摩営業所開設時は10台のP-MP218Mが在籍していましたが、相次ぐ転出や廃車によって同年中にはこの1台のみとなり2002年11月まで在籍しました。

2017.9.23
や038 1988年下期のP-MP218M(や038)です。
湘南→藤沢神奈交へ管理委託されていた時代の記録で、現在の神奈中東に当たる管理委託車となります。
今でこそ大和の神奈中東の委託車は中型・小型のみの在籍ですが、この当時は一時期かつ僅かでしたが大型の委託車も存在していました。



1989年上期 2006年3月津久井神奈交全廃 神奈中は2004年2月に全廃

よ40 よ40 よ40 よ40 よ40 よ40
1989年上期のP-MP218M(お137(元よ40 笹下))です。2000年4月に塗り替えられ誕生した横浜ルミネの全面広告車です。ホワイトをベースに鮮やかなレッドで描かれています。塗り替えの際にルーバーが一部埋められています。2001年7月には舞岡へ転属となり、同年12月に廃車となりました。

P-MP218M よ40 特典
この塗装になった後は更に変更が見られ、広告スペース枠が縮小されています。ルミネ利用者には特典もあったようです。

ルミネ ルミネバスP-MP218M(お137)です。最後の約5ヶ月間は横浜から舞岡へ転属して過ごしましたが、暫くは横浜の方向幕と運賃表のままで活躍しました。1989年式MPの廃車はこの車が初めてとなりました。撮影 横浜の恥じっ子様

2003.12.19
さ61 1989年上期のP-MP218N(さ61)です。長尺車では最古参の代で、さ61は2003年10月に戸塚から転属し翌年2月まで活躍しました。麻溝車庫へのエアロスター長尺配置は初めてとなりました。撮影 ともやっち様

2003.12.19
い34い34 1989年上期のP-MP218M(い34)で、M尺のエアロスターです。

2004.1.17
ま80 1989年上期のP-MP218M(ま80)です。こちらも前扉が旧タイプの物が使用されていましたが、車体のラインに合わせて下部も赤色に塗られているのが特徴で異彩を放っていました。撮影 R.あっきぃ様

2004.1.17
ま80 ま80の前扉です。2003年3月に廃車となった直後の様子です。

P-MP218Mち101 1989年上期のP-MP218M(ち101)です。1989年式から1998年下期までは中扉以降の座席が一人掛けになっています(ドア側)。

2003.6.10
や6 1989年上期のP-MP218M(や6)です。元は32→あ136と渡った車で2003年4月に大和へ転属しLED化されました。撮影 綾瀬師匠様
2007.8.13
ま128 1989年上期のP-MP218N(ま128)です。旧塗装では長尺エアロスターKも在籍していた町田ですが、現行塗装ではこの車1台のみで1997年下期に厚木から移ってきました。2003年3月に廃車となっています。撮影 綾瀬師匠様

あ702 あ702 あ701
1989年式のP-MS729S(あ702(元と702)、あ701(元と701))です。この型式は初代夜行高速バスで10年間、大阪、京都、奈良、盛岡、広島、和歌山線で活躍しました。96年頃に車体更新が行われているので最後まで綺麗なボディは失われず活躍していました。1999年6、7、9月に相次いで2代目の新車が入り、2000年春まで残った予備車「と113」が最後の1台となりました。

2009.7.20
よ704よ704・ひ604 1989年3月投入のP-MS729S(よ704)で、夜行高速用として活躍していたB&Yカラーのエアロクィーンです。左写真は大阪駅での様子、右は本郷車庫で神奈中ハイヤーU-MS821Pとの並びです。撮影 花屋敷様

2009.7.20
と113 1989年7月投入のP-MS729S改(と113)で、こちらも夜行用のエアロクィーンです。1999年に2代目高速車が登場した後もこの車のみ、と705から改番されて神奈交移管を前に主に教習車として使用されていました。



1989年下期 2005年9月全廃

あ177あ177 1989年下期のP-MP218N(あ177)です。定員82人、車体長11.26m(WB=5.8m)という長さを誇った神奈中の長尺エアロスターKも厚木にこの1台が残るのみとなり、2005年9月に全廃となりました。

2003.6.10
あ85あ223 1989年下期のP-MP218N(あ85、あ223)です。厚木では2003年に入って30台近くが淘汰された型式です。どちらも厚木オリジナルの表示・フォントです。

P-MP218Nあ176 1989年下期のP-MP218N(あ176)です。ホイールベース5.8mの長いN尺で、1989年も長さを問わず大量に投入されました。

183f 1989年下期のP-MP218N(あ183)です。ポピュラーな型式ですが、後輪のホイールがシルバーに光っています。後輪は左右ともこのようになっていまして、他にもU-MP218MやMP317でも2005年まで見られました。撮影 it様

あ182 1989年下期のP-MP218N(あ182)です。前扉が黒塗りではなくボディと同じカラーに塗られているユニークなバスです。旧塗装時代はこの方式でしたので、旧塗装車の扉を移設したものと思われます。
逆に黒塗りドアの波線旧塗装バスも1995年まで在籍していました(旧あ198等)。

2003.11.5
と151 1989年下期のP-MP218N(と151)のリアビューです。エンジンルーバーが1990年下期以降のU-MP系と同じパンチメッシュタイプに交換されています。

2005.1.2
と153 1989年下期のP-MP218N(と153)です。戸塚のこの代は2005年8月末まで写真の車が見られました。

2003.6.10
や118や118 1989年下期のP-MP218M(や118→は26へ)です。こちらはホイールベース5.3mのM尺車です。上の長尺車のほうがこのM尺車より窓1個分車体が長いのが分かります。一大勢力を誇ったP-MP系の数も、この撮影時期にはだいぶ少なくなりました。

2003.12.19
さ60 1989年下期のP-MP218M(さ60)で、2003年10月に戸塚と共に舞岡から転属してきた1台です。分かりづらいですが屋根上クーラー手前に、横浜駅西口で使われていたバスロケシステムのアンテナが残っています。

2004.4.1
い57 1989年下期のP-MP218M(い57)です。廃車が進み、この代のM尺は1台が残るのみとなっていますが、写真の「い57」は手入れが行き届いており大変美しいボディを保っていました。M尺は「は46」が最後に残った1台でしたが、こちらも長尺車同様に2005年9月に廃車となり1989年下期車は全廃となりました。

2006.9.17
よ94 1989年下期のP-MP218M(よ94)です。横浜営業所のエアロスターKです。横浜のKボディも1984年下期から投入され、長さもM/N(P改も)/P尺と揃っていました。撮影 Yu131様



1990年上期 最後の津久井神奈交「T-16」号車が2006年7月に全廃。神奈中本体所属や神奈交委託車は2005年2月に全廃済み。

P-MP218Mあ134P-MP系のルーバー 1990年上期のP-MP218M(あ134→あ0134へ)です。M尺はその後も導入されている長さです。呉羽系P-MP218/618系のエンジンルーバーは少し縦長で金網タイプ、四隅もR状で丸っこくなっています。この代は2003年3月から廃車が始まりました。

P-MP218Nあ186 1990年上期のP-MP218N(あ186)です。P-代最終増備の代、長尺車の投入もこの代で最後になりました。1990年上期の長尺は厚木と戸塚にのみ投入され、厚木車は2003年にLED化改造されました。

2003.11.5
と16 1990年上期のP-MP218N(と16)です。この代の戸塚車は7台の長尺車が投入されました。

2003.6.10
あ150あ150 1990年上期のP-MP218M(あ150)です。こちらはM尺バージョンのLED車です。

2003.9.30
つ074つ074つ074 1990年上期のP-MP218M(つ074)です。2003年9月に一挙10台が転属してきた型式で、いすゞの多かった津久井の大型委託車でしたが、これで三菱といすゞが半々の割合となりました。撮影 あるてっちゃん様

2003.11.5
お075 1990年上期のP-MP218M(お075)です。横浜神奈交バスに管理委託されているM尺車で、LED化が進む中、2003年10月20日に開業した[東01]系統の幕も備えられていました。撮影 藤島優哉様

2004.4.1
せ95 1990年上期のP-MP218M(せ95)です。P-車では最終増備にあたる代のM尺エアロスターKです。

2004.7.27
お0135 1990年上期のP-MP218M(お0135)です。撮影当時の舞岡最古参の代でいずれも横浜神奈交バスへ管理委託され行先表示は幕式でした。撮影 綾瀬師匠様

2004.7.27
ひ100 1990年上期のP-MP218M(ひ100)です。撮影当時、平塚のP-MPは2台が残るのみでしたが2004年12月までには姿を消しました。

2004.9.22
つ038 1990年上期のP-MP218M(つ038)で、津久井神奈交へ管理委託されている車ですが、行先表示がLED化されました。2003年に相模原から転属してきた車です。撮影 あるてっちゃん様

2004.11.17
さ0183 1990年上期のP-MP218M(さ0183)です。峡の原車庫に在籍していた相模神奈交の管理委託車ですが、2004年11月頃から「さ0184」と共に神奈中の麻溝車庫にも常駐していました。

2004.11.17
あ78 1990年上期のP-MP218N(あ78)で長尺車です。この代の厚木長尺車もLED化されました。この代の長尺車は1989年下期製より一足早く、2005年2月には全廃となっています。

2005.1.2
ひ143 1990年上期のP-MP218M(ひ143)です。2004年10月に津久井から転入した車で、貸切や平塚競輪輸送のみで活躍しましたが同年のクリスマスに、ひ177号と共に廃車となり、平塚からP-MPは消滅しました。撮影 Yu131様

2001.7
お75 お8 お022 ち102 ち102
舞岡のMP218です。一時期、バスロケシステムが搭載されていたことがあり、その名残りでアンテナが屋根上に見ることができ、同じアンテナでも2種類を確認しています。下は元舞岡の「ち102」でやはりアンテナが付いています。右上は系統番号無しの「不動坂」表示ですが、まれに見かける程度の表示でした。撮影 横浜の恥じっ子様

P-MS729SP-MS729S 1990年1月投入の三菱P-MS729S(あ107)です。2002年3月に神奈中ハイヤーから移籍してきた車両ですが(ひ603)、2002年5月の時点で社番やロゴなどは表記されていませんでした。撮影 綾瀬師匠様




1990年下期 平成元年排出ガス規制適合 2006年8月全廃

ち71ち71U-MP(新呉羽)ルーバー 1990年下期のU-MP218M(ち71)です。最も初期のU-MP系で新呉羽ボディを架装するエアロスターKです。U-MP218Mはボディスタイルを変化しながら1994年下期まで投入されました。

2005.3.25
は83 1990年下期のU-MP218M(は83)です。この代は30台ほどが投入されました。

2005.7.4
お041 1990年下期のU-MP218M(お041)です。写真は舞岡車で運転訓練中時の様子です。

2006.6.5
せ9 1990年下期のU-MP218M(せ9)です。2005年度までに廃車が進んだ結果、6台が残り2006年8月をもって全廃となりました。撮影 綾瀬師匠様

2006.6.5
せ50 1990年下期のU-MP218M(せ50)です。こちらも綾瀬車で2台が在籍し、この2台が最後まで残った1990年下期車です。撮影 平社員様

2006.6.5
お073 1990年下期のU-MP218M(お073)です。舞岡には2台が在籍し、2台とも横浜神奈交バスへ管理委託されていました。

2006.6.5
お073 1990年下期のU-MP218M(お073)です。こちらは横43系統で運用中の姿です。撮影 ISS様

2006.6.5
舞岡の運用離脱車 2005年度はあちこちで見られた運用離脱車で、写真は舞岡車の様子です(お058・お023・お09)。撮影 横浜平島様



1991年上期 2006年3月全廃

ち89ひ13 1991年上期のU-MP218M(ち89、ひ13)で、新呉羽ボディを架装するエアロスターKです。先に導入された1990年下期製よりも一足早い、2006年3月に全廃となった代です。

2003.7.19
と148 1991年上期のU-MP218M(と148)です。転属歴の多い年式で、晩年は排ガス規制に適合したDPFも装着され元気に活躍しました。

2004.3.4
つ054ま191 1991年上期のU-MP218M(つ054)です。右は転属する前の町田時代(ま191)です。2003年末に津久井へ転属してきました。町03松風台の表示が懐かしいです。撮影 綾瀬師匠様

2011.8.2
ま60ま36 1991年上期のU-MP218M(ま60・ま36)です。左の「ま60」は野津田車庫への納入回送時の様子で、右の「ま36」も運用開始直後の姿でMP118の姿も見えます。撮影 横浜平島様



1991年下期 2006年8月全廃

2010.1.9
と174と174 1991年下期のU-MP218M(と174)です。この代は神奈中全体で僅か7台のみが投入されるに止まりました。補助席が設置されたグループですが、後年になって1992年上期車同様に殆どが撤去されていました。2006年8月に全廃となっています。

2016.9.14
あ230 1991年下期のU-MP218M(あ230)で、この台は全体で7台しか入らなかったグループで補助席を装備しました。厚木車が相武台前駅まで来ていた頃です。



1992年上期 2006年9月14日全廃

せ126 せ126 せ126 せ126 せ126 せ126
1992年上期のU-MP218M(せ126)です。この代も補助席が装備されていますが、後に撤去された車も多く見られました。転属の発生率も高い年式でした。

さ230さ230 1992年上期のU-MP218M(た65)です。多摩営業所開設日の撮影ですが、開設当初は転属前の旧社番でいることが多く、写真のバスも「さ230」のままです。この相模原の神奈中最高社番だった「さ230番台」も消滅してしまいました(過去最高は「さ237」)。撮影 ともやっち様

2003.7.19
ふ010ふ045 1992年上期のU-MP218M(ふ010、ふ045)です。こちらも転属歴の多い代で調査で泣かされましたが、晩年まであちこち動きました。写真は藤沢神奈交バスに管理委託されていた車で、藤沢は神奈中・神奈交共に黒地の運賃幕へ交換されているのがポイントです。

2004.11.23
ひ93 1992年上期のU-MP218M(ひ93)です。ちど見づらいですが前扉に今では珍しくなった「自動扉」の文字が見えます。

2005.7.4
お0119 1992年上期のU-MP218M(お0119)です。補助席付の代で舞岡は12台が在籍し横浜神奈交に委託されていますが、徐々にLED化も進行しました。

2006.6.5
せ102 1992年上期のU-MP218M(せ102)です。わずか1台が残るのみとなった補助席付車で、せ102は2006年5月に厚木から転属して来ました。
なお、この車が神奈中グループで最後のエアロスターKとなりました。

2006.9.17
せ102あ0122 1992年上期のU-MP218M(せ102(あ0122))です。神奈中最後のエアロスターKは写真の綾瀬車で2006年9月14日に車検満了を迎え廃車となりました。右は今年5月まで在籍していた厚木時代で転属直前時です。
Kボディそのものは1984年下期から1992年下期まで約1200台が投入されました。

2016.9.14
お086 1992年上期のU-MP218M(お086)で、補助席を装備していたグループです。

2016.9.14
や125 1992年上期のU-MP218M(や125)です。まだ大和に神奈交が設立されていない頃の様子で、海老名駅にも本体車が普通にやって来ていました。撮影 菅井隆行様

2016.9.14
さ20 1992年上期のU-MP218M(さ26)です。4並びのナンバーが印象的だった車で伊勢原へ転属する2001年11月まで見られたナンバーです。

2017.9.23
ま097 1992年上期のU-MP218M(ま097)です。
補助席が備え付けられていたグループで転属が多かった年式ですが、写真の車は納車から引退まで町田で過ごしました。
撮影 林景一様

2017.9.23
ま043 こちらは同期の「ま043」です。元あ4→ひ152→お65→や67と移り変わり、ナンバーも相模・湘南・横浜・多摩へと八王子を除く一通りのナンバーを取得した履歴です
撮影 林景一様



1992年下期 2006年9月全廃

あ123 あ196 あ17
1992年下期のU-MP218M(あ123・あ196・あ17)です。この型のボディを架装するエアロスターKでは最後の代で、マフラーが右側へ移りました。
上期車に装備されていた補助席はなくなり、この代は総勢42台が配置され2006年9月8日まで在籍しましたが、最後に残った平塚車は同年8月末には運用離脱したため、実質は8月25日前後で運行を終えています。

せ52 1992年下期のU-MP218M改(せ52→お34→お034)です。5台が在籍する新ステップ試作車です。この補助ステップは極東開発工業製で商品名はイージーステップです。ドア開閉と連動してステップが上下するもので、前ドアの段差は1段多くなるものの、段差そのものが小さくなるという画期的なシステムでした。

2002.10.27
ま052ま052 1992年下期のU-MP218M(ま052)です。2002年10月にLED表示化改造されてからまもなく、大和(や58)から町田へ転属し相模神奈交バスの管理委託車となりました。撮影 綾瀬師匠様

2003.6.10
や034 旧 大和車
1992年下期のU-MP218M(や034→や34)です。藤沢神奈交バスへ管理委託されている大和車も順次LED化が進みました。
側面表示器については初期の機器に見られた黄色い線が「」から「」矢印表記へと変わりました。左が旧、右が新タイプのもの(2003.6時点で大和と厚木車で確認)です。

2004.3.4
ま0188 1992年下期のU-MP218M改(ま0188)です。相模神奈交バスへ管理委託されている車で新ステップ試作車です。撮影 平社員様

2006.6.5
ひ2 1992年下期のU-MP218M(ひ2)です。Kボディではこの代が最終増備となりました。平塚に残った4台は神奈中本体に所属し厚木市バス運行情報システム用のGPS車載器を装備します。撮影 平社員様

2006.6.5
と127 1992年下期のU-MP218M(と127)で、教育実習中の垂れ幕が掲げられています。撮影 横浜の恥じっ子様

2006.6.5
ま0160 1992年下期のU-MP218M(ま0160)です。町田もKボディが僅かに残っていましたが、2006年8月に全廃となりました。撮影 運転手K様

2006.6.5
あ45あ11 1992年下期のU-MP218M(あ45・あ11)です。一度は運用離脱して廃車待ちだった管理委託車2台ですが、2006年5月から神奈中本体にて運用復帰し同年7月まで走りました。社番の「0」を撤去跡もしっかりと残っていました。

2006.6.5
あ032 1992年下期のU-MP218M(あ032)です。相模神奈交バスへ管理委託されていた車で元横浜車です。

2006.6.5
ひ080 1992年下期のU-MP218M(ひ080)です。唯一湘南神奈交バスへ管理委託されている車でしたが2006年8月に廃車となっています。

2006.6.5
さ69 1992年下期のU-MP218M(さ69)です。麻溝車庫に所属するKボディは晩年は2台が見られ、どちらもLED化されました。

2006.6.5
平塚のGPS搭載車 エアロスターKの平塚車の並びです(ひ2・83・113)。

2006.9.17
ひ2新旧エアロスター 1992年下期のU-MP218M(ひ2)です。4台が残った平塚車ですが、2006年8月にいずれも運用離脱し9月に廃車となりました。撮影 Yu131様

2016.9.14
ち63ち63 1992年下期のU-MP218M改(ち63)です。
茅ヶ崎市役所駐車場の臨時ターミナルを使用していた頃の様子で、新ステップ試作車の内の1台です。
撮影 相州屋様