神奈中で活躍した三菱ふそうバスの紹介です。ここは1966年(昭和41)〜1984年上期(昭和59)の『ブルドック』までを紹介。型式や年式などの記述にズレがあるかもしれませんのでご了承下さい。
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1966

2003.3.27
ふ13 1966年式のMR420?(ふ13)です。高山車庫に置かれていた廃車体のMRです。いつ頃まで見られたのでしょう。撮影 鎌倉営業所様


1970

MR410 1970年or1971年式のMR410(ひ10 相模22か50)です。1998年末まで平塚営業所の片隅で物置として置かれていたMRです。長い間雨や風に打たれたせいか車体の損傷が激しく、1999年2月の湘南神奈交バスの営業所開設に伴い解体されました。撮影 相州屋様

MR410 ひ10 相模22か50 MR410
こちらもMR410(ひ10)です。呉羽独特のたれ目ライトや、リアも殆どルーバーなのが印象的です。撮影 佐藤祐介様


1971

2003.3.27
ひ37 ひ99 ひ99 ひ99
1971年式のMR410(前:ひ37、その他:ひ99)です。この頃の年式はビニール製のシートが使われていました。1980年頃の撮影です。撮影 鎌倉営業所様



1972

つ26つ26 1972年式のB622B(つ26)です。呉羽の傾斜型ボディが可愛らしいです。大きい神奈川中央交通表示も印象的で、自由乗降などほかにどんな表示が入っていたのでしょうか。晩年に取り付けられたようです。1978年12月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様

スイミング 1972年式のB622B(元津久井or秦野)です。小田原の神奈中スイミングスクールの送迎用となったバスで、白ナンバーの自家用扱いです。短期間だけ見られたようです。1980年2月の撮影です。
この型式の一部は日東交通に渡っていたとのことです。撮影 まにまにカレチ様

さ48 1972年式のMR450(さ48)です。ロングボディに圧倒されます。ホイールベースも5.7mありました。1979年7月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様

2004.4.26
本郷車庫 1972or1973年式のMR450(よ87)で1981年の夏に撮影された写真です。左に見えるのはいすゞ(よ52-富士)、奥はブルドック(よ51)、右はUD車です。車種が豊富だったことが伺えます。撮影 くるまや様

2004.4.26
本郷車庫 1982年頃に笹下車庫で撮影された写真で、真ん中は1973年式のMR450(よ8)です。出庫前の点検の様子です。両サイドは日デのU20Nですが右はナンバーの位置が興味深いです。撮影 くるまや様



1973

2003.3.27
さ135さ135 1973年上期のMR450(さ135)です。現在もそうですが方向幕のフォントや表示内容が興味深いです。撮影 鎌倉営業所様

2003.3.27
さ107 1973年下期のMR450(さ107)です。長尺ボディが圧巻で、変則的な窓配置が目立ちます。撮影 鎌倉営業所様

2003.5.11
B905N 1973年式のB905N(戸塚)です。呉羽ボディを架装した赤白塗装の貸切車で、V8の8DC2型エンジンを搭載していました。撮影 種田様

2004.4.22
よ19 1973年式のMR450(よ19)を本郷車庫で撮影された写真です。廃車寸前の姿ということですので82年頃でしょうか。撮影 くるまや様

2004.4.14
よ87 1972or1973年式のMR450(よ87)で、MR系の長尺バージョンです。ホイールベースも5.7mありました。撮影 くるまや様

2003.3.16
は5は5は5 1973年式のB622E(は5)です。1981年頃にヤビツ峠で撮影された写真です。リアの大きな3枚ルーバーが印象的です。撮影 鎌倉営業所様


1975

MR450 1975年下期のMR450(よ17-横浜22か2040)です。ロングボディの車両で写真の行先表示は「上永谷駅経由 上大岡駅」です。撮影 ゆたりん様



1976 or 77

2004.4.9
よ82 1976or1977年式のB800N(よ82)です。本郷車庫での洗車シーンです。撮影 くるまや様

2004.4.22
よ19 1976or1977年式のB800N(よ34)のリアビューです。当時の南戸塚住宅での撮影です。撮影 くるまや様



1978

あ13 1978年上期のMK115F(あ13)です。既に廃止されていますが、厚40系統の小野折り返し場での撮影で、当時、七沢温泉や広沢寺温泉方面はここからこの中型に乗換えをしていました。この車、晩年は津久井へ転属し「つ302」となり、東京衡機の特定車として活躍しました。撮影 鎌倉営業所様

MK115H 1978年式のMK115H(元つ27?)です。1986年頃の撮影で小田原の小田急車両での姿です。この後、東海自動車に渡ったのかもしれません。撮影 相州屋様

ひ13ひ17 1978年上期のMP117M(ひ13)、同年下期の「ひ17」です。撮影は1979年1月ですのでどちらも美しいです。前扉は座席側に畳む方式でした。撮影 まにまにカレチ様

あ39 1978年上期のMP117M(あ39)です。1978年12月の撮影で厚木営業所の出入口です。撮影 まにまにカレチ様

MP117MMP117 左は1978年下期のMP117M(あ146)です。右の写真も1978年上期のMP117(あ53、6)で、あ6はM尺です。撮影 花屋敷様



1979

MP117MMP117M 1979年上期のMP117M(は88)です。このMP117はM・N尺共に1978年上期から1979年下期にかけて導入されていました。呉羽独特の垂れ目のヘッドライトが特徴です。リアビューは1979年下期の「は95」です。この代から車内座席下に暖房機器が設置されたようです。撮影 相州屋様

さ12 1979年上期のMP117N(さ12)です。ロングボディバージョンで窓1枚分長いのが分かります。運賃幕がこの位置に移されたのもこの年式からです。79年7月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様

MP117N MP117N MP117N MP117N
1979年上期のMP117N(さ102)で、試作冷房車第一号です。非冷房車と比較してもスタイルに変化が見られますし、冷房車ということもあって1987年まで在籍しました。撮影 鎌倉営業所様

MP117N 1979年下期のMP117N(あ33)です。M尺と比べますと窓1個分長い車体だと分かります。この79年下期から前ドアの窓が2枚仕様になりました。舞岡からの転入車です。

2003.3.27
ふ116 1979年下期のMP117N(ふ116)です。試作冷房車だった「ふ70」と同期の車です。撮影 鎌倉営業所様



1980年上期

K-MP118Mは20 1980年上期のK-MP118M(は20)です。最も初期のMP118で呉羽ボディを架装しています。非冷房仕様で1987年上期の廃車です。「大秦野駅」の表示がとても懐かしいです。撮影 相州屋様

2003.1.30
相模原 1980年上期のK-MP118N(さ)で非冷房仕様です。導入されて間もない頃の撮影ですのでボディも美しいです。左に写っているのはMRです。撮影 S井様

2003.5.11
と141 1980年上期のK-MP118N(と141)です。最も初期のMP118系列の長尺、冷房仕様車です。ペンギンマークが涼しげでした。撮影 種田様

2004.4.9
よ33 1980年上期のK-MP118N(よ33)で、初期の長尺ブルドックです。1980年下期までは冷房車のほか、写真の非冷房車も並行して導入されていたようです。撮影 くるまや様



1981年上期

2003.12.26
相模原相模原 1981年上期のK-MP118M(相模原)で廃車直後の1988年12月の撮影です。クーラーユニットが大きいタイプの頃です。撮影 ジャック様



1982年上期

2003.12.26
ひ66ひ66 1982年上期のK-MP118M(ひ66)です。こちらも廃車直後の様子で1988年12月の撮影です。まだ田村車庫奥の第2車庫が無かった頃のようで工事しているようです。撮影 ジャック様



1982年下期

K-MP118N 1982年下期のK-MP118N(あ85)です。当時多数在籍していた主力型式で、第2の人生を送っている仲間にも廃車が出ていますし数は減る一方です。冷房車に取り付けられていたペンギンの冷房車マークが印象的です。撮影 花屋敷様

あ34あ34 1982年下期のK-MP118N(あ34)です。まだ系統番号の設定がない頃に青学の折返し場で撮影されたフォトです。撮影 花屋敷様



1983年上期

2003.1.30
あ192 1983年上期のK-MP118N(あ192)です。1999年まで厚木が担当していた相武台団地線で活躍するブルドックの様子です。ペンギンの冷房マークは過去のイベントで販売されていたので欲しかったです。。あ192号は廃車後、北海道へ渡りました。撮影 まにまにカレチ様



1983年下期

K-MP118Mひ104 1983年下期のK-MP118M(ひ104)です。今では休日の朝に1往復にまで本数が減ってしまった小田原駅線の写真です。撮影 相州屋様

K-MP118MP-MP118M 左は1983年下期のK-MP118M(は14)、右は1984年上期のP-MP118M(は25)です。どちらも神奈中ではポピュラーな型式で多数が在籍していました。撮影 綾瀬師匠様

K-MP118N 1983年下期のK-MP118N(あ87)です。1986年にたまたま撮影させていただいた写真です。

MP118N MP118のリアビューです。左は1983年下期のK-MP118N(あ197)、右は1984年上期のP-MP118N(あ7)です。最後部席の背もたれ高さに違いが見られます。撮影 花屋敷様


1984年上期

ひ112ひ112 1984年上期のP-MP118M(ひ112)です。MP118系の最終モデルに当たるこの代はP-規制対応仕様となり、それまでのロッド式シフトに代わり、フィンガーシフト式の変速機を装備するようになりました。エンジンはこれまでと同じ6D22型ながら、後継のMP218寄りの走行音となりました。撮影 相州屋様

と158 1984年上期のP-MP118N(と158)です。ドリームランドにて撮影された写真で、左に見えるのは横浜ドリームランドモノレールの車両です。撮影 遠藤様

本厚木駅北口本厚木駅北口 1984年上期のP-MP118N(あ24・あ195)で、本厚木駅北口前で撮影された写真です。撮影 花屋敷様

2007.8.10
ま145 1984年上期のP-MP118M(ま145)です。当時の町田ではM尺のブルドックを確認していました。新製から8年ほどで全廃となっています。この代の町田はMP118よりも、いすゞLV314系のほうが多く投入されていました。撮影 横浜平島様