こちらは2018年1月まで在籍した富士重工ボディを架装したいすゞ車を紹介です。

◎更新内容◎
2018/8/11…LV314(つ53)、LV324(つ79)をアップです。


1984年上期  1985年上期  1986年上期  1986年下期
1987年上期  1987年下期  1988年上期  1988年下期  1989年上期  1989年下期  1990年上期
1991年上期  1992年上期  1992年下期  1993年上期  1994年上期  1994年下期  1995年上期  1995年下期
1996年上期  1996年下期  1997年上期  1997年下期  1998年上期  1998年下期  1999年上期  2001年7月  2002年7月  2002年11月  2003年2月(最終増備)

フラワーNew!
2018.8.11
つ53 1988年下期のP-LV314L(つ53)です。
この代から富士重工ボディはそれまでの5Eから7Eボディへと変更されました。シャーシ回りは未変更のため型式も1984年上期から続くLV314のまま継承されています。
この代のキュービックは僅か藤沢へ3台のみ入っただけでしたが、7Eは20台以上が入り津久井は最大時で9台が配属され、茅ヶ崎や大和のほか町田にも配属されました。
写真はかつて2002年10月1日改正まで運行されていた三54系統 三ヶ木〜関・鳥屋・虹の大橋〜宮ヶ瀬線運用時の姿です。2000年までは相模湖駅からも路線が設定されていました。
撮影 it様

2018.8.11
つ79 1992年上期のU-LV324L(つ79)です。
補助席が設置されていたグループで津久井は3台が投入されました。
写真は今も本数が少ない湖29系統 相模湖駅〜高尾山口線の姿になります。
右奥の相模湖駅ドアガラスに長野行新幹線10月1日開業の文字が見えますので1997年の撮影でしょうか。
撮影 it様





ま45 BA30(ま45)です。バス窓車で、年式は1968〜69年頃と推測されます。幕は「鶴川駅〜聖蹟桜ヶ丘駅」となっています。撮影 相州屋様

や55 1970年式のBA30(や55)です。富士重の傾斜型ボディを架装する9mクラスのバスです。1979年1月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様
2005.2.13
よ85 よ85 車内 運転席
1971年下期のBU10D(よ85)で、R13型ボディを架装した車です。エンジンルームのほか、車内や運転席の様子を捉えた希少な写真です。撮影 くるまや様


ち83 1972年式?のBU10D(ち83)です。R13型ボディを架装したBUで、撮影は鶴が台団地です。撮影 鎌倉営業所様

や80や80 1972年上期のBA30(や80)です。この辺りの年式から2段サッシへと移っています。79年4月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様

や68 1973年下期のBU10D(や68)です。3E型ボディを架装するグループで1979年下期まで投入された型式です。1979年1月の撮影です。撮影 まにまにカレチ様

2003.4.1
つ29 1977年下期のBU10D(つ29)で、三ヶ木にて1981年頃の撮影です。撮影 鎌倉営業所様

ふ118 1979年下期のBU10D(ふ118)です。BU系の最終増備にあたる年式です。藤沢はこの年式からいすゞ車が急激に増えました。引退後は関東自動車へと移籍しました。撮影 鎌倉営業所様



ち14ち14 1982年上期のK-CJM500(ち14 富士3E)です。富士ボディを袈装したCJM系は全てCJM500で、3E型ボディは1982年上期まで導入されました。撮影 相州屋様

2003.11.21
ち11・ち53 1982年上期のK-CJM500(ち11・ち53)です。1989年3月の撮影で、ち53は1986年に町田から転属してきた車です。ち11は東海バスへ、ち53は岩手県交通へそれぞれ移籍しました。撮影 ジャック様

2004.5.28
ち11 1982年上期のK-CJM500(ち11)です。富士3E型ボディを架装したCJMはWB:5mのCJM500型が在籍しました。ち11は廃車後に東海自動車へ渡りました。1988年の撮影です。撮影 ジャック様

2004.1.1
ち14・ち70 左は1982年上期のK-CJM500(ち14 富士3E)、右は1984年上期のP-LV314L(ち70 富士5E)の並びです。ち70は1986年に転入してきた車で、廃車後は2台とも東海自動車へ移籍しました。撮影 ジャック様

2004.1.1
89年3月の茅ヶ崎営業所 1989年3月に撮影された茅ヶ崎営業所の様子で、富士重5Eと3Eがズラリと並んでいる様子です。3Eと丸目ライトの5EはK-CJM500、角目ライトの5EはP-LV314Lです。撮影 ジャック様

2004.6.12
ち71 1983年上期のK-CJM500(ち71)が整備を受けている様子です。5Eボディは1982年下期から架装するようになりました。ち71は1985年に町田から転属してきた車です。撮影 ジャック様



1984年上期

2011.5.3
ま66 1984年上期のP-LV314L(ま66)です。最も初期のLV314で、1983年までの先代CJM同様に引き続き富士5Eボディを架装していますが、目立つ所ではヘッドライトとフォグランプが角型化されたのが大きな変更点です。写真は1991年4月の撮影で、野津田車庫を後にし箱根登山鉄道バスへ移籍回送されるときの様子です。撮影 横浜平島様



1985年上期

ち6 1985年上期の富士5EボディP-LV314L(ち6)です。方向幕が小さいタイプで、1984年上期からこの代までがこの仕様でした。変速機はロッド式で床も板張りです。このタイプは東海バスや関東自動車等で第2の人生を歩んでいます。撮影 it様



1985年下期

P-LV314L 1985年下期のP-LV314L(つ40)です。系統番号準備車で、系統番号が設定される直前の新車ではこのような表示を見ることができました。撮影 ゆたりん様



1986年上期

P-LV314N 1986年上期のP-LV314N(ま48)です。5Eボディの長尺LVは全体的には多くなかったものの、町田ではよく見られました。撮影 ゆたりん様

ち18 1986年上期のP-LV314L(ち18 富士5E)です。フロントの波線塗装がバンパーまで下がりきっていないタイプです。フロントのマーカーランプは方向幕脇にあります。1997年下期には全廃となったグループです。撮影 ゆたりん様



1986年下期

町田営業所P-LV314N 1998年夏に撮影された1986年下期製のP-LV314L(ま76・54・140・53)です。このとき既に波線の旧塗装車は希少価値の存在でした。右の画像はP-LV314Nです。撮影 ともやっち様

ま12ま12 1986年下期のP-LV314N(ま12)です。最後まで残った5Eの旧塗装車はこの「ま10」と「ま12」でした。5Eボディの内、この1986年下期に導入されたグループのみ、フロントの波線部分がバンパー近くまで下がっていました。クーラーユニットは室内置きです。1999年2月に全廃となっています。撮影 it様

ま61 1986年下期のP-LV314L(ま61)です。多摩ナンバーの「3」揃いが印象強く残る写真です。このバスは1998年11月に廃車になっています。
富士5Eでもフロントの波線がここまで大きく波打っているのは86年下期車のみの特徴です。 撮影 つがね様

2004.6.6
ち38 1986年下期のP-LV314L(ち38)です。波線塗装では最後の代となった5E型ボディのLV314です。茅ヶ崎車によるさがみ野駅表示も懐かしいです。撮影 ゆたりん様



1987年上期

さ180 1987上期の富士6EボディP-LR312J(さ180)で、富士6E型ボディを架装した中型車です。路線車では1台のみ在籍していたLR312で、トップドアのロッド式シフト仕様車、写真は「淵24 淵野辺駅北口〜登戸」線運用に就いている時のシーンです。撮影 小川様

さ180 1987年上期のP-LR312J(さ180)です。1998年春に廃車となってから相模原のいすゞ車は途絶えていましたが、現在ではLR233・LR333がいるので再び賑やかになっています。撮影 綾瀬師匠様

ち41 1987年上期のP-LV314L(ち41)です。夜の茅ヶ崎駅前で待機しているシーンです。撮影 Yu131様

や66 1987年上期のP-LV314N(や66)です。1987年式の長尺LV-5Eは「や90」と、町田に6台が最後まで残りました。撮影 藤島様

や90 や90 や90 や90
1987年上期のP-LV314N(や90)です。2001年7月で全廃となった長尺車です。撮影 Yu131様

ち51 1987年上期のP-LV314L(ち51)です。やはり2001年7月に全廃となりました。

2002.10.3
ち46ち32 1987年上期のP-LV314L(ち46・32)で、左は最終や深夜バスで時々見られた赤色灯です。撮影 Yu131様
2004.6.10
ち39 1987年上期のP-LV314L(ち39)です。現行塗装となった最初の代で、撮影は88年8月です。社紋の位置が旧塗装時代より下がりました。撮影 ジャック様

2005.10.9
ま110 1987年上期のP-LV314N(ま110)です。現行塗装で最初に入ったグループの長尺車です。この代は大和と町田にまとまった数が在籍していました。撮影 it様

2014.8.20
ち39ち39 1987年上期のP-LV314L(ち39)です。この年式の茅ヶ崎車は3月〜5月にかけて20台が投入され2001年7月まで見られました。



1987年下期

P-LV719Rふ502 1987年下期のいすゞP-LV719R(ふ502)です。元貸切で神奈中ハイヤーに在籍していた時期もありました。晩年は神奈中に戻り文教大学の教職員送迎用で使われていましたが、写真は貸切として走った時の様子です。2台が在籍しました。撮影 相州屋様

P-LV719R 1987年下期のいすゞP-LV719R(ふ310→ふ501)です。文教大学の教職員送迎用で、このバスも1995年から神奈中ハイヤーに在籍していた時期がありましたが、再び神奈中に戻り活躍し2002年1月の廃車まで活躍しました。撮影 it様


1988年上期

や99や99 1988年上期のP-LV314L(や99)です。5EボディのL尺仕様はこの1台が最後まで残り02年11月末に全廃となりました。撮影 綾瀬師匠様

ま11 1988年上期のP-LV314N(ま11)です。町田の5Eボディはこの1台が最後まで残りました。ま11は2002年3月の改番までは「ま88」でした。2003年2月に廃車となっています。撮影 綾瀬師匠様

は89 1988年上期のP-LV314N(は89)です。2002年3月に町田から転属してきた長尺車で、秦野での5Eボディは日デU32以来久々の復活となりました。同年11月に廃車となっています。撮影 運天使様

は89は89 1988年上期のP-LV314N(は89)です。湘南ナンバーを取得したあとの姿です。やはり秦野は5Eボディのいすゞは初めての登場となりました。

つ26 1988年上期のP-LV314N(つ26)です。こちらも町田から転属してきた長尺車で、津久井でのこのボディも旧塗装以来の復活となりました。2002年11月廃車。撮影 あるてっちゃん様

ひ143ひ143 1988年上期のP-LV314N(ひ143)です。2002年3月に町田から転入してきたいすゞでは最古参のLV314です(元ま33)。主に湘南めぐみが丘の無料シャトルバスに就いていましたが、2003年3月に廃車となりました。撮影 Yu131様

ひ143 ひ143です。町田から転属してきた間もない頃の姿で、サイドの丸ミラーもまだ小さく、広告や垂れ幕も付いていませんでした。

ひ143ひ143ひ143 こちらも、ひ143です。湘南めぐみが丘の垂れ幕やマグネットが付いた初期の頃の姿です。

せ108 1988年上期のP-LV314N(せ108)です。町田から転属してきた長尺車で、綾瀬での富士5Eボディは初めてとなりましたが、2003年3月に廃車となり、神奈中バスから5E型ボディは姿を消しました。撮影 綾瀬師匠様

2003.4.1
ま77 1988年上期のP-LV314N(ま77)です。晩年は綾瀬へ転属(せ108)し2003年3月末まで活躍した最後の5Eボディです。撮影 Yu131様

2003.4.1
ま11、ま314ま11とMP 1988年上期のP-LV314N(ま11)です。2003年2月に廃車となった直後の様子で、同じ富士ボディの、ま314号や大量廃車が出た三菱MPとの並びです。

2011.8.22
ま88 1988年上期のP-LV314N(ま88)で、買物バスの運用に入ったときの様子です。この代の町田は写真の長尺車10台が在籍し、L尺も9台とLVが多数在籍していました。当時は車齢も12〜15年使用とまちまちでした。撮影 菅井隆行様

2014.8.20
ち1ち1 1988年上期のP-LV314L(ち1)です。1987年上期に続き1年振りに入ったLV314で茅ヶ崎は5台が在籍、2002年11月まで見られました。
1987年上期車と比較すると前後バンパー取付部が変更され若干全長が伸びたようで足元の滑り止めも全体に延長されました。その他、中ドア右に車外スピーカを増設、リアはブレーキランプ・ウインカーが上部へ、すぐそばの取っ手はやや下部へ移動、また、角型ブレーキランプが増設されています。


ひ137 1988年9月投入のP-LV314L(ひ137(00.6廃車))です。この年式が最後の5E型ボディ袈装車で、同年11月の新車から7E型ボディへと変わります。この代の5Eボディは上期より早く全廃となっています。

よ131よ131 1988年9月に投入のP-LV314N(よ131 本郷)です。横浜営業所に在籍する唯一のいすゞ車でしたが00年12月に廃車となりました。神奈中ファンの中でも人気の高い車両の一つでした。

よ131 1988年下期のP-LV314N(よ131)です。横浜唯一だったLVが新緑の中を駆け抜けるシーンです。撮影 Yu131様



1988年下期

2003.9.24
い2 1988年下期のP-LV314L(い2)です。2003年9月に津久井から転属してきた1台(元つ069)で大変驚かされましたが、翌月には廃車となりました。

2003.9.30
さ59 1988年下期のP-LV314L(さ59)です。こちらも津久井から転属してきた車(元つ038)です。富士重のこの代は2003年12月に全廃となりました。撮影 あるてっちゃん様



1989年上期

や083 1989年上期のP-LV314L改(や083→や83)です。藤沢神奈交バスに管理委託されていたときの様子です。この富士7Eボディを架装するLV314は88年下期から投入されました。2004年3月までに全廃された代です。撮影 it様

2003.9.30
さ0183 1989年上期のP-LV314L改(さ0183)です。津久井から転属してきた車(元つ073)で、峡の原車庫に所属する管理委託車です。撮影 あるてっちゃん様

2004.1.5
さ56さ56 1989年上期のP-LV314L改(さ56)です。2003年9月に大和(元や74)から転属してきた1台で、麻溝では津久井からの転入もあり一時期5台まで増えましたが2004年1月までに全廃となりました。撮影 ともやっち様



1989年下期 2005年8月全廃

ひ12ひ12 1989年下期のP-LV314L改(ひ12)です。1989年上期〜1990年上期までのLV314はIKC・富士ボディ共に改造扱いで型式に「改」が付きます。

つ060つ060 1989年下期のP-LV314L改(つ060)で2004年にLED化されています。津久井神奈交の委託LVはその殆どがリアの取っ手が撤去されています。
この代は最後まで残ったのが「ひ65・ち34・ち48」の3台で2005年8月に全廃となりました(茅ヶ崎車は早くに運用離脱し、実質最後まで営業走行したのは「ひ65」でした)。

2007.1.27
ち4ち19 1989年下期のP-LV314L改(ち4・ち19)です。この代の富士7Eボディ車は22台が投入され、写真の茅ヶ崎には7台が配属されていました。写真の、ち4はちょうど運用離脱のため方向幕や表記類の撤去作業を終えたばかりの様子で、この後半年以上が経過してから正式に廃車となりました。



1990年上期 2005年2月全廃

ち56せ10 1990年上期のP-LV314L改(ち56)です。こちらは富士重の7E型ボディを袈装し、1988年11月から1990年上期までのスタイルです。クーラーユニットは屋根上にあります。リアは「せ10」ですが上部の取っ手が撤去されており、その跡も見えます。1989年上期〜この代まではIKC・富士ボディ仕様共に改造扱いですが詳細は不明です。
この代の富士ボディ仕様は1989年下期製より早い、2005年2月までに全廃となりました。

2003.10.6
ひ62 1990年上期のP-LV314L改(ひ62)です。2003年7月に大和(元や122)から転属してきた1台で、転入当初から8月開業の[平30 湘南めぐみが丘]の幕を装備していました。撮影 Yu131様



1991年上期  2006年3月全廃

ち50 1991年上期のU-LV324L(ち50)です。引き続き7E型ボディを袈装しますが、クーラーユニットが再び室内置きに変わりました。茅ヶ崎、平塚、大和、町田、綾瀬に少数ながら在籍します。なお1991年下期は投入されていません。2006年3月までには全廃となっています。

2005.9.24
ふ50 1991年上期のU-LV324L(ふ50)です。藤沢には過去に富士7EボディのLV324が2台在籍していましたが、1996年には綾瀬へ転属しています。写真の車はその後、せ128号車となりました。撮影 ゆたりん様

2006.3.1
せ60 1991年上期のU-LV324L(せ60)です。2005年から廃車が始まっています。写真の車は藤沢に配属されていました(元ふ31)。



1992年上期 2006年2月全廃

ち87 1992年上期のU-LV324L(ち87)です。この代から前中扉間の窓配置に変化が見られます。また、補助席付きの代ですが後に撤去された車も多く、写真の車も撤去されていました。2006年2月までには全廃となっています。

2005.5.24
や45 1992年上期のU-LV324L(や45)です。中山操車所に配属されているLV324は写真の1992年式と1991年式が在籍し、この1992年上期が先に全廃となりました。撮影 綾瀬師匠様



1992年下期 2006年3月全廃

2006.3.1
つ019つ019 1992年下期のU-LV324L(つ019)です。この代の富士重ボディは4台のみの投入で、新製時は茅ヶ崎と津久井のみに見られました。こちらも2006年3月までに全廃となっています。撮影 冨樫直樹様



1993年上期 2006年1月全廃

ち62ち62 1993年上期のU-LV324L(ち62)です。この代は茅ヶ崎のみに在籍し、写真の車は運賃幕が黒幕式になっています。この代は2006年1月に全廃となりました。



1994年上期 2007年2月全廃

ひ77 1994年上期のU-LV324L改(ひ77→ひ077)です。茅ヶ崎と平塚に計5台が在籍した新ステップ装備車で、やはり少数派の存在でした。いずれも転属することなく2007年2月まで活躍しました。

2006.5.1
ち54 1994年上期のU-LV324L改(ち54)です。写真の茅ヶ崎車は2006年3月にLED化されました。撮影 齋藤様



1994年下期 2007年8月全廃

2004.11.12
ひ25 1994年下期のU-LV324L改(ひ25→現ひ025)です。LV324系では最終増備の代で富士7Eボディは茅ヶ崎2、平塚3と計5台が在籍しています。

2006.5.1
ひ025 1994年下期のU-LV324L改(ひ025)です。平塚車は3台とも湘南神奈交バスへ管理委託されていました。2007年7月に廃車となっています。撮影 平社員様

2007.9.14
ち17 1994年下期のU-LV324L改(ち17)です。平塚七夕祭りの臨時系統に入ったときのLV324で、平塚駅〜浜見平団地間を結びました。撮影 Yu131様

2007.9.14
ち25 1994年下期のU-LV324L改(ち25)です。ち17、ち25が神奈中最後のLV324系となり、この富士重仕様も2007年8月に全廃となりましたが、1994年下期勢の路線車でも最後まで残った2台でした。

2010.3.18
ち17 1994年下期のU-LV324L改(ち17)です。2007年8月まで在籍していた7EボディのLV324で、晩年は同期の「ち25」と共に運賃幕は黒地タイプに交換されていました。撮影 表会長様


1995年上期 2008年2月全廃

2004.7.2
ひ0160 1995年上期のU-LR332J改(ひ0160)です。富士8Eボディを架装するこの代は5台が投入されました。晩年は茅ヶ崎に1台、湘南神奈交バス平塚営業所に4台が在籍し、2008年2月までに全廃となりました。富士ボディのLR332はこの年の下期にも投入され1995年式のみの存在です。

ひ0163リア 1995年上期のU-LR332J改(ひ0163)です。富士重工の8E型ボディを架装した仕様です。リア撮影 相州屋様



1995年下期

さ0115 1995年下期のU-LR332J改(さ0162)です。富士8E型ボディを纏ったこの型式は茅ヶ崎、平塚、津久井神奈交に在籍します。

ち7ち7 1995年下期のU-LR332J改(ち7)で、富士8Eボディを架装したバージョンです。

2008.4.26
ち7 1995年下期のU-LR332J改(ち7)で、茅ヶ崎と津久井神奈交バスのみに在籍する富士重8Eボディ仕様です。この後、相模原へ転属していきました。

2008.8.2
さ0155さ0155 1995年下期のU-LR332J改(さ0155)です。2008年5月に茅ヶ崎から3台が転入してきた車両です。峡の原では2ヶ月活躍後、同年7月末までに廃車されています。津久井神奈交に2台が残るのみとなりました。撮影 綾瀬師匠様



1996年上期

2005.12.4
つ046 1996年上期のKC-LV380L改(つ046)です。最も初期のLV380系で津久井神奈交へ委託されている1台と、茅ヶ崎に1台の計2台が在籍しました。先代のLV324系と違いホイールベースが今までより20cm短い4.8m尺が選択され、ガラスは青緑っぽい色へ、マーカーランプの廃止、ストップランプの拡大など細かい変化が多く、エンジンもV8の8PE1-N型に変わりました。屋根上ラインクロスファンの配置も変わり(クーラーを挟んで前1、後2)、数が減少しています。

2008.4.16
つ046 1996年上期のKC-LV380L改(つ046)です。路線車のKC-代では最も早く廃車となった車で2008年4月に廃車となりました。撮影 冨樫直樹様

2008.4.16
ち12 1996年上期のKC-LV380L改(ち12)です。こちらは茅ヶ崎車です。


ひ0146 1996年上期のKC-LR333J改(ひ0146)のリアビューです。富士8Eボディを架装するこの型式は2台のみが在籍し、この年の上期はこの車1台のみです。少数派ですので目にする機会が少なかったです。



1996年下期

2004.6.22
ち18 1996年下期のKC-LV380L改(ち18)です。7EボディのLV380系でV8エンジンを搭載します。KC-は1996年から1999年上期まで導入された型式で、この代は茅ヶ崎と津久井に各1台が在籍しました。茅ヶ崎車は既に廃車となっており、津久井の[つ058]は津久井神奈交バスへ移り、現在は[T-6]号車となり活躍しています。

さ57 1996年下期のKC-LR333J改(さ57→さ20)で、新製当初は綾瀬に在籍していました。その後、晩年には再び綾瀬に戻りましたが、この富士8EボディバージョンのLR333が一足早い2009年7月に全廃となりました。撮影 綾瀬師匠様

せ72 「さ20」は2000年10月までは綾瀬に在籍しました(せ72)。写真は1998年当時、国体臨時シャトルで海老名駅に来ていた時の様子です。



1997年上期
ち37 ち20 ち12
1997年上期のKC-LV380L改(ち20)です。この代も7E型ボディを袈装します。リアの取っ手が省略されるようになりました。
ち12は1996年上期のKC-LV380L改で、この年式まで取っ手が付いていました。

2007.8.13
ち40 1997年上期のKC-LV380L改(ち40)です。茅ヶ崎には7台が配置された代で、いずれも富士重仕様です。2000年代に入りLED化されていますが、写真は2002年10月まで運行されていた茅30系統・海老名駅線での様子です。
この代は2010年3月に全廃となっています。撮影 綾瀬師匠様

2008.4.26
ち38ち40 1997年上期のKC-LV380L改(ち38・ち40)です。この代の富士7E仕様は茅ヶ崎のみに配属されています。frot撮影 it様

2008.7.9
ち74 1997年上期のKC-LV380L改(ち74)です。平塚七夕まつり臨時で平塚駅北口〜浜見平団地線運用に入ったときの様子です。今年から前面LEDにも臨時の表示が入るようになりました。撮影 永井様

2010.2.9
ち20ち20 1997年上期のKC-LV380L改(ち20)です。この代の富士7Eボディ仕様は茅ヶ崎のみに配置されていました。撮影 KHK1529様


1997年下期 2010年10月全廃

は10 1997年下期のKC-LV380L改(は10)です。秦野には1991年以来のLV系投入で3台が配置されました。茅ヶ崎と津久井にも在籍しますが、秦野車は2009年7月までに全廃となっています。この代から運賃幕が黒地になりました。クーラーはゼクセル製。撮影 it様

2009.10.27
つ011 1997年下期のKC-LV380L改(つ011)です。この代の津久井神奈交バス管理委託車は4台が在籍しましたが、この10月の車検満了に伴い「つ016・つ052」の2台が先に廃車となりました。撮影 冨樫直樹様

2010.3.28
ち44 1997年下期のKC-LV380L改(ち44)です。この代の茅ヶ崎車は写真の44号車のみが在籍していました。撮影 Taku-s様

2010.4.30
つ013 1997年下期のKC-LV380L改(つ013)です。写真の車は一時期不具合で2010年春頃にGPSも撤去され離脱していましたが、その後は復帰しました。撮影 冨樫直樹様

2010.9.13
つ011 1997年下期のKC-LV380L改(つ011)です。2010年夏に1997年下期車が一気に淘汰された中、同期の大型車では唯一生き残っていた1台です。2010年10月に引退しています。撮影 冨樫直樹様



1998年上期 2012年2月全廃

ま196 1998年上期のKC-LV380L改(ま196)です。屋根上マーカーランプ廃止によりスッキリとした印象を受けます。町田車は全3台とも2001年7月に多摩営業所へ転属し、晩年は津久井に移りました。撮影 綾瀬師匠様

2009.7.11
た12 1998年上期のKC-LV380L改(た12)です。この代の7EボディLV380は3台が在籍しました。撮影 表会長様

2010.6.19
た14 1998年上期のKC-LV380L改(た14)です。写真は桜84系統に充当されたときの様子です。撮影 表会長様

2010.9.8
た13 1998年上期のKC-LV380L改(た13)です。多摩の3台は共に新製時は町田に在籍していましたが、いずれも2001年7月の多摩営業所開設時に転入しています。撮影 表会長様

2011.2.7
た12 1998年上期のKC-LV380L改(た12)です。写真の車は大和への新車投入に伴う玉突き転属により、多摩で廃車になるかと思われましたが津久井へと転属しています(つ022)。撮影 表会長様

2011.3.8
た13・た12 1998年上期のKC-LV380L改(た13・た12)です。こちらは多摩時代に撮影され、2台のLV380が並んだシーンです。撮影 表会長様

2011.5.7
つ052 1998年上期のKC-LV380L改(つ052)です。2011年2月に多摩営業所から転入してきた車です。撮影 Ad-blue様

2011.5.7
つ022 1998年上期のKC-LV380L改(つ022)です。こちらも多摩営業所からの転入です。新製当初〜2001年7月まで町田に在籍していました。撮影 冨樫直樹様

2011.6.15
つ059 1998年上期のKC-LV380L改(つ059)です。2011年3月に多摩から転入した1台で、多摩にいたLV380は3台全てが三ヶ木へ移ってきました。撮影 冨樫直樹様



1998年下期 2012年6月全廃

2006.10.29
せ16せ16 1998年10月投入のKC-LV380L改(せ16)です。ISSを装備する車でこの代は2台が在籍しました。写真の車は2006年6月に茅ヶ崎から転属してきました。2011年9月にはさらに津久井へと転属しました。

2010.1.25
せ131 1998年下期のKC-LV380L改(せ131→つ071)です。この代の富士7Eボディ架装車は綾瀬に2台のみが在籍しました。写真は珍しい綾瀬市のLED表示です。2台共に2011年9月に津久井へ転属しました。撮影 や72様

2011.9.23
せ131 1998年下期のKC-LV380L改(せ131→つ071)です。綾瀬の富士重工ボディは2台のみが残っていましたが、2011年9月の転属によっていずれも津久井へ移ったため、綾瀬から富士ボディ車が消滅しました。撮影 湘南22様

2011.11.16
つ071 1998年下期のKC-LV380L改(つ071)です。車検を通し2011年9月に綾瀬から2台が転入しました(元せ16→つ062へ、元せ131→つ071へ)。GPSを装備しない つ062と違い写真の車はGPSを備えているため見かける機会も多かったですが、先に、つ062が廃車となったため、富士重LV380はこの車が最後の1台となりました。2012年6月に全廃となっています。撮影 冨樫直樹様

2011.12.1
つ062 1998年下期のKC-LV380L改(つ062)で、2011年9月に綾瀬から転入した1台です。新製当初は茅ヶ崎(ち82)に配属されていましたが、2006年6月に綾瀬へ移りました(せ16)。撮影 冨樫直樹様



1999年上期 2012年2月全廃
ち6ち6 1999年3月投入のKC-LV380L改((ち6)です。側面幕部のガラスが固定化されました。ISSも装備し2台のみが茅ヶ崎に在籍しました。

2008.4.26
ち45 1999年3月投入のKC-LV380L改(ち45)です。ち6と共に2台のみが在籍した代で、富士重仕様のLV380では最後の代となりました。1998年下期車より一足早い2012年2月に全廃となりました。



2001年上期 エアサス・ワンステップ化
ち51ち51 2001年7月に投入されたKL-LV280L1(ち51)です。茅ヶ崎に4台が納車された富士7Eボディ仕様のKL-代です。エアサスのワンステップ車で逆T窓や固定窓が印象的です。富士ボディのLVも2年ぶりの投入となりました。
2007.10.8
ち23ち51 2001年7月投入のKL-LV280L1(ち23・ち51)です。茅ヶ崎に4台が配置されている初代ワンステップ車です。ホイールがシルバーに塗り替えられています。この代も徐々にシートモケット更新が始まり、2007年の新車同様に優先席も青となっていました。

2010.4.30
ち41ち51 2001年7月投入のKL-LV280L1(ち41・ち51)です。富士7Eボディ仕様のKL-代ワンステップ車は2001年7月〜2003年2月に投入され、写真の茅ヶ崎車のほかは中山のみに在籍しました。撮影 Ad-blue様

2012.7.8
ち23 2001年7月投入のKL-LV280L1(ち23)です。平塚七夕まつり臨時の浜見平団地線に充当された時の様子です。撮影 ブルーペンギン様

2015.7.6
ち51 2001年7月投入のKL-LV280L1(ち51)です。茅ヶ崎のみに4台が在籍した代です。2016年3月までに全廃となりました。撮影 いそぶー様

2016.2.5
ち51 2001年7月投入のKL-LV280L1(ち51)です。いすゞ最古参グループで、この代の富士重仕様は写真の車1台のみが残存していました。撮影 わんたろう様

2016.2.5
ち51 こちらも「ち51」です。茅ヶ崎へは4台が投入されたグループで2015年8月から置き換えが始まりました。撮影 スナイパー様



2002
2013.3.29
や0133 2002年7月投入のKL-LV280L1(や0133)です。この月の富士7Eボディはわずか1台のみの在籍で、鶴間の神奈中本体へ配属されました。新製時からLED行先表示を装備した最初のグループで、中山へは2007年10月に移っています。2016年1月に引退しています。撮影 湘南22様



2002年下期 ※2017年6月全廃
2004.9.27
ち2 2002年11月投入のKL-LV280L1(ち2)です。2002年下期車で茅ヶ崎と大和に在籍したワンステップ仕様のLV280です。この代の富士ボディは茅ヶ崎と大和に在籍し、LED仕様での投入となりました。大和車は2005年11月に茅ヶ崎へ転属しています。

2005.12.4
ち2 2002年11月投入のKL-LV280L1(ち2)です。茅ヶ崎のワンステップ車で、前面の車椅子マークが今まで付いていなかった運転席側にも増設されて計2枚になっています。撮影 齋藤様

2006.10.29
ち2 2002年11月投入のKL-LV280L1(ち2)のリアです。7Eボディ・ワンステップ車も銀ホイール車両が徐々に増えてきました。撮影 齋藤様

2007.10.8
ち2ち1 2002年11月投入のKL-LV280L1(ち2・ち1)です。初代以来のLVワンステップで、かなちゅうロゴが貼られた以外に外観は特に変化は見られません。正面車いすマーク増設、シルバーホイール化は後年実施されました。

2008.4.26
ち67ち67 2002年11月投入のKL-LV280L1(ち67)ワンステップ車です。新製当初は大和に配置されており、茅ヶ崎には2005年11月に移ってきました。

2013.1.30
ち67 2002年11月投入のKL-LV280L1(ち67)です。この代の富士7Eボディは5台が在籍し全車が茅ヶ崎に配属されていました。撮影 湘南22様

2017.1.8
ち2 2002年11月投入のKL-LV280L1(ち2)です。外側のロービームはLEDヘッドライトへ交換済みです。撮影 いそぶー様



2003
2003.5.31
や102や102 2003年2月投入のKL-LV280L1(や102)です。この代を最後に富士重工ボディの新製も見納めとなりました。

2007.10.8
ち21 2003年2月投入のKL-LV280L1(ち21)です。茅ヶ崎と大和に入った富士重仕様では最終増備となった代で、車内の手すり形状に変化が見られます。

2013.3.29
や0119や0119 2003年2月投入のKL-LV280L1(や0119)です。大和へ2台、茅ヶ崎へ3台が入った富士重最終増備グループで、大和の2台はいずれも2007年9月に中山へと移っています。撮影 湘南22様

2013.8.15
ち35ち35 2003年2月投入のKL-LV280L1(ち35)です。茅ヶ崎には3台が在籍する代で、写真の車は一時期藤沢へ転属していたこともありました。撮影 いそぶー様

2016.9.13
や0119 2003年2月投入のKL-LV280L1(や0119)で、中山には「や0102」と共に僅か2台のみが在籍する型式です。撮影 わんたろう様

2017.3.4
な102 な102 な119
2003年2月投入のKL-LV280L1(な102・な119)です。
中山では2台のみが在籍する富士7Eボディを架装したLV280で、2007年に鶴間から移ってきました。撮影 スナイパー様

2017.4.27
な102な102 2003年2月投入のKL-LV280L1(な102)です。
掲載時の時点で、富士重仕様も引退が進み、LV280も中山は2、茅ヶ崎も1台が残るのみとなっていました。
撮影 わんたろう様

2017.7.24
な119 な119 な119
2003年2月投入のKL-LV280L1(な119)です。
121系統の新横浜駅〜保土ヶ谷駅西口線運用時の様子や、保土ヶ谷駅西口で横浜市営バスとの並びです。
撮影 485やまばと様

2017.7.24
な119 な119」です。
な102と共に新製当初は鶴間に配属され、2台とも2007年9月に中山へと移っています。
神奈中の同型2002年11月車は2017年6月に全廃となったため、富士重仕様もこの代のみとなっていました。
撮影 わんたろう様

2017.9.28
な119な119 2003年2月投入のKL-LV280L1(な119)です。
121系統運用中、新横浜駅前で待機している様子です。元から中山の富士重は少なかったですがLV324やUDのUA440も在籍していた時期がありました。
撮影 ゆーき様

2017.9.28
な102な119 な102・な119」です。
新製当初は鶴間に配属されていた2台ですが、中山に移ったのがちょうど10年前の2007年9月のことでした。その際に、横浜ナンバーへ変更登録されました。
撮影 スナイパー様

2017.9.28
や119 「な119」納車当時の姿で、当時の社番は「や119」でした。
相模ナンバー時代の鶴間車庫での活躍は4年半程と短く、大半を中山で過ごしています。

2017.10.15
な102な119 2003年2月投入のKL-LV280L1(な102・な119)です。
な102は121系統で新横浜駅を出発したシーン、
な119も同じ新横浜駅で10月2日に運行が始まったばかりの131系統 急行・川島住宅行で待機中の姿です。平日夜1本のみが運行されています。
撮影 ゆーき様

2017.12.3
な119 な119 な119
2003年2月投入のKL-LV280L1(な119)です。
今月の車検が迫り去就が注目された1台でしたが本日の運行がラストとなったようで、
写真は62系統の千丸台団地集会所行き運用時の様子や横浜駅西口で待機する姿です。
撮影 D特急様

2017.12.30
な102 2003年2月投入のKL-LV280L1(な102)です。
同期の「な119」引退により、ついに神奈中の富士重工ボディ架装車もこの車1台のみとなってしまいました。
撮影 わんたろう様

2017.12.30
な102 こちらは中54系統にて三保中央を出発するシーンです。
撮影 ゆーき様

2017.12.30
な102な102 116系統運用時の姿です。中山の最古参2003年式はエアロスターを含め3台のみが残りますがいずれも年度内には引退しそうでしょうか。
撮影 スナイパー様

2018.1.14
な102な102 2003年2月投入のKL-LV280L1(な102)です。
神奈中公式FBでもアナウンスがあり間もなく引退を迎えることとなりました。
撮影 スナイパー様

2018.1.14
な102 休日のお昼に1往復のみが運行されている南01系統 南町田駅〜若葉台中央線運行時の様子です。撮影 ゆーき様

2018.1.14
な102 な102 な102
こちらも南01系統や、121系統運用を前に新横浜駅前で待機する姿です。撮影 わんたろう様


2018.1.24
な102 な102 な102 な102 な102
2003年2月投入のKL-LV280L1(な102)です。
長きに渡り神奈中でも活躍を続けてきた富士重工製ボディの車もこの1月17日の運行をもって最後を迎えました。
撮影 スナイパー様

2018.1.24
な102 な102
運行最終日前日となった16日には中山営業所で作成されたお手製装飾ボードがフロントに掲出されました。
写真1枚目は12月に入ったばかりの2PG-MP38エアロスターとの並びです。撮影 リムジン様

2018.1.24
な102 な102 な102
こちらは横52系統運用時の様子や、装飾がされた16日の姿です。先に同型「な119」が12月に引退となっており7Eボディ最後の1台となっていました。
撮影 comfort805様

2018.1.24
な102 な102 な102
運行最終日となった17日の様子です。あいにくの空模様となりましたが無事最後まで走りぬいてくれました。
撮影 へんぺーのん様

2018.1.24
な102な102 こちらも最終日の姿で121系統 保土ヶ谷駅西口〜新横浜駅線に充当されました。
撮影 わんたろう様

2018.1.24
な102 な102 な102
最終日となった17日は前日とは異なり装飾類はなく普段着の姿が見ることができました。撮影 ゆーき様

2018.1.24
な102 な102 な102
121系統運用時、新横浜駅出発時の姿です。
神奈中の富士重工ボディ仕様も歴史が長かったですが、UDシャーシは2016年3月には全廃となっています。
撮影 MP38様

2018.2.28
や0119 2003年2月投入のKL-LV280L1(や0119)です。
神奈中の富士重工仕様は2018年1月で全廃となりましたが、写真の車は2017年12月に引退した車両で中山が神奈中本体の営業所として独立する以前の姿です。
撮影 わい様




〜試験塗装〜
ま162ま162 1987年上期のP-LV314L(ま162)です。現塗装に切り替わった87年上期のバスが登場した時、このような試験塗装が施されていました。前後の表示幕周辺に赤のラインが入っています。フロントバンパー上にある細いラインも現在の2倍ほどの太さで塗られていました。また、側面の赤・橙・赤の3ラインも一番上の赤ラインが太めに塗られていました。社番も影文字で立体的な表記になっていました。いずれも同年夏までには現塗装に塗り直されました。撮影 浅野様